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栃木◆那須/今年で25年目!恒例味噌づくりイベントの報告【那須高久・里山日誌りたーんず】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・那須店/高久 タケ子

2022年5月17日

3月26日 味噌仕込みイベント 25人参加

長い事やっている味噌仕込みイベントも今回でちょうど25年になります。今ではそれぞれの家族関係も変わり、「一桶(約30㎏)では多すぎて食べ切れない」ということで、隔年や知り合いとシェアするという人など様々です。それでも毎年参加する人達の数は変わりません。

そんな中で、最初から毎年参加の「皆勤賞」の方が何人かいらっしゃいます。その中のひとりは、知り合いに自慢のお味噌をあげたところ、あまりの美味しさに自分でも作りたい!と三年前からお友達と4人で参加しています。


いつもイベントがある度に気になるのが「お天気」です。週間予報では「週末にまとまった雨が降るでしょう」と言っていたが日々変わり、土曜日の午前中は、雨が降らないという嬉しい予報になりました。

朝4 :30大釜に火を点ける。

すぐに燃え上がったので、太い薪をくべ安心してその場を離れました。時々遠くから炎を確認できたので、そのままにしていたところ、予定の時間(7 :00)になっても吹きこぼれてこない・・・これは大変と急いで杉の枯枝等をくべて火力を強めると吹きこぼれが始まったので、ホッと一安心です。

開始時間になんとか間に合って、いよいよ今年の味噌仕込み開始です。幼稚園の年少さんからお母さんと一緒に参加している男の子がこの春小学1年生になるとか・・・。双子の弟さんも3歳になり、今ではすっかりお兄ちゃん気取りで「玄米糀と白米糀、2つ作るんだよ!」とやる気満々です。小耳に挟んだ情報では、味噌の中に入っている丸大豆が大好きで、毎朝味噌汁を食べる時にこれが入っていると「当ったりー!」と大喜びしているそうです。

この話を披露している私の横にいた仲間が、近くにあった大ザルから「煮大豆」をひしゃくで掬い男の子の前に空けると大喜びで拾って食べ始めました。

▲今春小学1年生になる男の子も今ではベテラン?お母さんのお手伝いを頑張っています。

その後、丸大豆が挽き大豆と混ざって見えなくなると、挽き大豆でおにぎりを作り口に頬張り、お母さんに注意されていました。私の作る田舎膳が大好きとかで、孫の様に可愛い男の子です。

参加された皆さんベテラン揃いで段取り良く仕事がはかどりました。皆さん自分の味噌を仕込み終えると、後片付けをし、明日の大豆を洗い浸してくれました。

「今夜から朝方にかけて風が吹いて荒れるらしいよ?!」と誰かが言ったのでテントが飛ばされない様にとすぐに横の立ち木にロープでしっかりと括りつけ、クモの巣状に四方八方に張り巡らしてくれました。しっかり対策をしてくれたお蔭で心配なく次の日を迎える事ができました。

▲それぞれ思い思いに自分の味噌仕込みを段取り良くやっています。ベテラン揃いで味噌作りの師匠・日野屋さん(写真中央右のマスクの男性)も安心して眺めていられる~と言ってました。

3月27日 22人参加

昨日の疲れが出たのか今朝は4 :30まで朝寝坊してしまいました。急いでテントの中に行くと昨夜雨と風が吹き荒れたらしく、テントの中の薪や焚き付け等が湿気っている・・・。

暗闇の中、懐中電灯の明かりを頼りに乾いた薪と焚き付けを見つけ、釜口に突っ込んで火を点けるとすぐに燃え上がったので、ひと安心です。空を見上げると三ヶ月のおぼろ月で今日のお天気は大丈夫そうです。

予定の時間(7:00)よりちょっと遅れて大釜の蓋が吹き上がって大豆の汁が吹きこぼれ始まりました。ここからは弱火にして蒸し煮にするのですが、焦がさない様に火加減を見るのが大変で最後まで気が抜けません。

予定の時間になると、いつもの様に「サァー始まるよー!」と大きなザルに入った熱々の煮大豆が運ばれて来ると、今日の「味噌仕込み」の始まりです。

仲良しの三人組の女性達は大きな桶の中に頭を突っ込んで混ぜ合わせ中です。マスクをしているせいか息を弾ませながら自称18歳の女子会だそうです。1年ぶりの再会は積もる話に時を忘れているようです。

▲仲良し三人組の女性達は息を弾ませながら自称18歳の女子会とか・・・。

今日参加された皆さんも今ではすっかり味噌仕込み職人?で何のトラブルも無く順調に終わりました。いつもは田舎膳の昼食を食べながら和気あいあいと情報交換するのですが、今年もいつもの田舎膳のお弁当をお持ち帰りしてもらいました。

▲味噌の神様が住み着いている?年季の入った木桶と重石。私より早くからここに居ます。

お疲れ様でした。

サァーこれからは我が家の味噌と皆さんの預かり味噌の始末をします。我が家の分は昔から木桶で熟成させます。鎌倉に住む次女の所でも昨年、以前から持っていたという手作り木桶に、こちらから送った「味噌の素?」を仕込みました。

途中部屋中味噌の香りが漂ったらしいが無事味噌になったとか・・・。今年は木桶が無いのでこちらで仕込んで「見本?」で送ろうと思います。ジューシーな味噌(1年もの)が大好きな次女は自分の手元にあればいつでも食べられると大喜びです。(那須店 高久タケ子)

▲イベント後のテント。今年も無事に終了しました。みなさん来年お会いしましょう。

 

埼玉◆名栗/いつも車が停まっているのは?【本部スタッフ・ふるさと見聞録】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2022年4月27日

▲広い県道にいつも車が停まっています。駐車には気をつけてください。

先日名栗の物件を案内してきました。名栗に行くには飯能市内から西へ県道70号線、青梅方面から伸びる県道53号線と交わる一本道を通ります。道路に沿って名栗川が流れ、西へ向かうに連れて自然が深まり、しっかりと装備したバイクライダーや自転車サイクリストの姿も多い道です。そんな名栗の道路にいつも車が停まっている一角があり、気になっていました。

そこは上名栗地域の小さな社、新井不動尊の脇にある「不動の名水」。この水を目当てに訪れた車が路上駐車しているようで、わりと県外ナンバーの車も見ました。

▲お堂の右脇にある不動の名水。

下名栗の旧道にも「庚申(こうしん)の水」という名水があり、こちらは2台ほど停められるスペースがあります。馬頭観音と庚申尊が一緒に祀られ、募金箱が置いてあります。水質検査された安全な湧き水、口コミも100件以上あり、まろやかな美味しいお水のようです。(本部 星野  努)

▲旧道にある庚申の水は交通量も少なく安心して水を汲めます。

山梨県◆笛吹市/東京から2時間弱で桃源郷へ【本部スタッフ・業務日誌】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2022年4月15日

山梨県甲府盆地の東側に位置し、日本一の桃の生産量を誇る笛吹市では、毎年4月上旬に桃の花が咲き乱れ、市内の至るところで桃色の景色が広がっている。

先日ちょうど桃花がシーズンだった笛吹市の物件へ訪問することとなったのだが、東京から2時間近く走ってきた中央道から降りて下道へ移ると、そこはまさに桃源郷。

まだ残雪の山を遠望する中、麓の甲府盆地ではピンクと黄色で色鮮やかに染まった桃の花と菜の花がお出迎えしてくれた。

物件調査のために持参したカメラ、ここで使わずしていつ使う!と言わんばかりに写欲が湧いてきた。

シャッターを切ることばかりに夢中になり周辺を歩いてみると、気が付けば行けども行けども桃畑ばかり・・・ここまで桃の花で溢れているとなると、それは必然的に山梨県産の桃が全国のスーパーに立ち並ぶわけだ。

と妙に納得をしてしまったが、よく見てみると少し山の方には現在建設中のリニア中央新幹線の高架橋が。

今のところ2027年開業予定ということは、おおよそあと5年でリニアの車内からこの桃源郷を見ることが出来るのか、と同時に東京から山梨がわずか30分ほどで結ばれる現実がもうそう遠くない将来にまで近づいていることに感動を覚えてしまった。

地方の人口減少が問題になっている中、山梨がここまで首都圏とアクセスが劇的に改善されるということは、少なからず山梨への移住を検討していらっしゃる方もいるのではないでしょうか?

(本部 髙橋 瑞希)

栃木◆那須/引き継がれる餅つき ~ いっちゃんと後継者育成【那須高久・里山日誌りた~んず】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・那須店/高久 タケ子

2022年3月7日

12月30日 お正月の餅つき 24名参加

マイナス5℃と凍てつくような寒さの朝を迎え、恒例のお正月用の餅つきの日が来ました。庭先のずっと先、畑の方から「オーイ!水!水が出ないよ~!」と誰かが叫んでいます。

昨日会場準備の時に「明日凍って水が出ないと最悪だから~」とホースを長~く伸ばし水を全部抜いたはずなのに、何故か凍っているという。ホースにお湯をかけ、足で踏み、中の氷を砕いて水を出すと、ピチッ!ピチッ!という音と共に氷が押し出され無事開通!朝一のトラブル解消です。

釜に水を張り、釜口に火を付け、しばらくして釜の湯が沸くと、水切りをして置いたもち米の入ったセイロがその上に載せられる。この時「オーイ!竹をくべすぎないで~!」と毎年同じ台詞が飛びます。

▲前日もち米を網に入れ、そのまま洗って水に浸し、当日水を切りセイロに入れて蒸します。

いつの間にか持ち場が決まり、それぞれがスペシャリスト?なのに・・・と思うが何も言えない。燃やしている竹は火力が強く、ガンガン焚くと、もち米が蒸し過ぎて腰抜け?(ベロ~ンとまとまりがない)の餅になってしまいます。このことをここらでは「蒸ふけ流れる」といいます。

「サァー行くよ~!」と声が掛かり湯気の立ちのぼるセイロを急いで持ち運んで来て、臼の中に「ドン!」と放り込むと、ふわ~と湯気が舞い上がり餅つき開始ののろしが上がりました。杵を持ち、手ぐすね引いて持っていた三人の搗き手はさっそく「捏ね合わせ」を始め、毎年これを見ると「これが大事なんだよなぁ~」と言っていた昔の人を思い出します。

いつものことですが、搗き始めはどうも調子が合わない。突然私に餅つき歌のリクエストがあり「歌でお手伝いが出来るなら~」と昔から歌われている「カラスめが~♪」と始まると今まで以上に搗く手が乱れてきた・・・あれ!調子っぱずれだった?と早々に歌うのを止めました。周りの人の話では三人で搗いて三拍子なのに私の歌は4拍子とか・・・合う訳ないよなぁ~と心の中で思いました。

今年は昔のナイスガイ?が14人も揃ったので体の負担にならないように取っ換え、引っ換え時々若者(唯一の)とすばらしいチームワークで順調に進んでいます。それと並行して始まった餅のしが大忙しです。

昨年の事などすっかり忘れ「あれ!どうやるんだっけ?」と厚手のビニール袋とのし型を手に、ああでもない、こうでもないと思い出せないでいると「餅が風邪引くよ~!!」(固まってしまうことらしい)と言われ、余計にあたふた。「仕方ない。テキトーに伸ばそう~!」とビニールの袋に入れギュッ!ギュッ!と押し伸ばしても腰が強くてうまく伸びない。「遣っ付け仕事で不細工なのし餅だけどまぁいいか~」とテキトーに終わらせ他の2人を見ると、上手に伸ばしている。何とかひと臼分の三枚を伸ばし終えた時、同級生のイッちゃんが来た。手際良くなんでもこなす「千人力」の登場にひと安心で後はお任せしました。

▲今年初参加の女性が締めの餅つきの跡継ぎに。頼もし~い!です。

これからのことを思い、若手の女性2人にのし餅とお供え作りを伝えようという事で、イッちゃんが先生になり細やかな後継者育成をやってくれました。これで来年から安泰かな?

最後の12回目は昼食用の餅になります。数年前までは私とイッちゃんで交代に締めの餅つきをやっていたのですが、最近では杵が持ち上がらなくなり自然消滅で途絶えていました。でも今年初参加の元気の良い女性が上手に搗き復活しました!こちらも後継者ができ、世代交代で活気付きました。

▲何でもできるイッちゃんが先生になって後継者育成中です。

今年最後の餅も搗きあがり、いよいよ昼食用の「ミズギリもち」を取ります。臼の中で1口大にちぎり分け熱い湯の中に入れ保温?します。食べる時にそれを引き上げ「なっとう」「ごま」「大根おろし」「あんこ」等を好みで絡めて食べます。その中でも私が小豆作りからやった「手作りあんこ」が大好評でした。昨年に引き続き新型コロナ感染対策で静かな餅つきでしたが仲間たちの元気な姿を見ることができてひと安心です。来年こそはマスク無しの大声で笑い合える解放された餅つきをやりたいものです。

お帰りの前に豆餅切のひと仕事があります。切り終えた順に豆餅と搗きたての柔らかいのし餅をやさしく胸に抱え家路につきました。後姿を見送りながら、皆さんのお正月の膳に今日搗いた餅がのり「おいしいね?」と笑顔で食べている姿が目に浮かび嬉しくなります。これが私の至福のひとときです。(那須店 高久タケ子)

▲時間がたち固くなった豆もちは切るのが大変ですが、この「もち切り」は便利で楽に切れます。

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味噌作りのお知らせ
日 時:
3月26日(土) 9~14時
27日(日) 同上
※雨天決行
場 所:ふるさと情報館・那須店
参加費:大人2,000円、子供1,000円
(お弁当・飲み物、お土産代含む)
味噌代:白米16,500円。
玄米17,500円。
※ポリ桶付きの場合は
+1,550円。
締切り:3月15日まで
お申込:ふるさと情報館・本部
TEL:03-3351-5601
※マスクの着用をお願いします。
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東京◆本部/人情に触れるひととき【本部スタッフ・ふるさと見聞録】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2021年10月11日

「すみません、1時間位遅れます!」

「大丈夫ですよ」

出張先での私と旅館の方との会話。宿泊を伴う出張の場合、所用のある明日の場所までかなりの距離がある時があります。

因みにこれまでの初日の現場から宿泊先まで、私の車での一日の最長移動距離(千葉県館山市から新潟県新発田市)は約450㎞。日中、四谷事務所で業務をし、前泊のために夕方(夜)東京を出発することもあります。

移動距離が長いと時間通りに到着しないこともあり、冒頭のような会話をすることも時々。学生時代、ユースホステルを利用し全国を旅していた時分から現在に至るまで、あちこち移動することを苦に感じたことはありません。

車の運転も好きですし。途中、新しい道路(バイパスやトンネル)を避け、あえて険しい山道を走ったりもします。その方が地域の環境や自然を身近に感じられることもあります。そのような性格のため宿泊先も可能な限りビジネスホテルでなく個人民宿を選んでいます。

無機質な決まりきった対応のホテルマンとは違う時間を過ごす。方言丸出し寝ぐせの残るご主人、普段着の女将さんと気さくな話をすることでその地域のことを知り、知識、見聞、人生の肥やしとすることは、田舎物件を扱うことでも参考になります。

夜遅くに寝巻きで出迎えてくれた日南市のご主人、原爆の被害に遭われた長﨑の女将さん、脱サラして古民家民泊を始めた瀬戸内海の小島のご主人。その他、多々。皆さんとの出会いは、不動産売買の売主さん、買主さんと同じく貴重な出会いです。特にこのコロナ禍では・・・。(本部 金澤 和宏)

◆◆◆来たれ旅人・田舎好き人間!◆◆◆
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東京◆本部/やれる範囲内を最大限に・・・【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2021年9月17日

4回目の緊急事態宣言下、賛否両論のあったオリンピックが終了した。東京は新規感染者が1日5000人を超えるなど過去最高数を記録。東京で累計25万人、全国でも100万人を超えた。幸い周囲でもワクチン接種が完了した話が増え、40代後半の私も8月中には2回目の接種が完了した。デルタ株の出現によりまだまだ予断を許さない状況であり、お祭り後の人々の心の変化、経済の動向は気になるばかりだ。

緊急事態宣言の合間を縫って、今夏はたくさんの方に契約頂いた。私より年齢の若い活力のある方も多く、自己実現のために早くから準備し、様々な大きな決断を目の当たりにできたことは刺激となった。売却依頼を頂いても物件化まで時間がかかってしまっている現状だが、やれる範囲内で最大限の努力を行っていきたいと思う(本部 星野 努)

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売却物件を求めています

大切にされてきた家には限りない魅力がある都会の喧騒から自然の暮らしを求め、思い出をたくさんつくったあなたの田舎の家。人生のステージの変化にともないそれを手放す時が来るとしたら・・・これから田園生活をしたい人にバトンを渡すように引継ぎたいと思いませんか。

ふるさと情報館創立30周年を迎え、近年「この家を引継ぐ子どもや親戚がいない」「配偶者に先立たれ町に住む子どもと暮らす」など、様々な理由で売却する方の相談が増えてきました。日本では木造住宅の耐用年数は22年で、それを過ぎると建物の評価はゼロですが、ふるさと情報館では、永年使われてきた家や周辺環境、庭、菜園や果樹、必要な道具類も込みで「田園生活住み継ぎ物件」として、これから田園生活をしたい方に紹介する事業を展開してゆきます。

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岩手◆奥州/湘南から東北へ17年目の決意【行くぞ!北東北・所長ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 代表取締役・中村健二

2021年7月13日

情報誌に掲載する「住み継ぎ物件」を取材するため、岩手県奥州市・江刺梁川(えさしやながわ)へと向かうこととなった。

仙台を出た時は快晴だったにもかかわらず、一関あたりから雲行きが怪しくなり、東北道水沢IC を出るときには土砂降りの荒天に変わっていた。東北も梅雨入り間近の予感がした。

途中、朝の連ドラ『おかえりモネ』のポスターを鶴巣(つるす)PA で見かけ写真に収めた。ドラマでは移流霧や彩雲などが出てきて、おおっと、気を引かれた方も多いのではと思う。

田舎では天気や気象状況にセンシティブであることを強く求められるのだ。

国道4号線と水量のやや増した北上川を越えて、東北新幹線水沢江刺駅に立ち寄った。観光案内所で聞いてみたいことがあったのだ。

「大谷翔平選手に関する資料はないのでしょうか?」
とわたし。

「あいにく掲示板に貼ってある切り抜きぐらいしかないんですよ」
と案内所のスタッフ。

どうやら肖像権絡みで写真などは置けないのだとか。市役所に行けば等身大の腕の模型があって、感染防止をして握手もできるそうだ。手のサイズはそれほど大きくもなく、よくこれでスプリットが投げられるものだと感心したという。

▲「奥州市出身 がんばれ 大谷翔平選手」

遠方から来たというと、写真のようなステッカーをいただくことができた。

▲観光案内所スタッフのおひとり。

「ところで江刺梁川まではどのぐらいかかりますか」
と、わたしは尋ねた。

「ここから30分ぐらいで行けます」
とそのスタッフ。

「そこへ何しに?」

「ええ、都会から移住した人を訪ねに行きます」 

「梁川なら、そこ出身のミュージシャンをご存知?」 

「もしかして「ロンバケ」の大瀧詠一(おおたきえいいち)のことですか」

「ここでは大瀧さんの全作品を個人のコレクターから預かって展示してあります。どうぞご覧になってください」

というわけで、観光案内所のガラスケースに入ったLP レコードやCD とともに詳細な年譜を拝見することができた。

そのせいで取材先には10分遅れの到着と相なった。

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▲庭の様子。

物件は日当たりの良い丘陵地帯にあった。丹精込めて手入れされた庭と草花。雨は上がり雲間から日差しが差し込み少しばかりムッとする草いきれに包まれる。

ダイニングでそれぞれ自己紹介をしたあと、リフォームされた土蔵に案内していただいた。そこで地下20メートルから汲み上げた地下水でお茶をいただく。

オーナーは神奈川県の湘南の地から17年前に移住した。会社勤務時代は海外赴任の経験もあるという。

60歳で定年後すぐに考えたのが、夫婦で元気なうちに農業を始めたいという思い。おふたりはともに東北出身。あるとき本誌で見つけたのが広い農地と民家と土蔵付きのこの物件だ。

「リタイア後は田舎暮らし」を絵に描いたような梁川での暮らしが始まった。田んぼをやりたいというのがふたりの共通した考えだった。手間かもしれないが機械に頼り切らなくてもなんとかやって来られた。なにせ時間はたっぷりある。休日には都会の子供や孫たちも駆けつけて来る。わからないことは近所に聞く。

▲足踏みの脱穀機も。

そして、「近所付き合いも大事ですが」と奥様は言う。「近隣に気の置けない都会からの移住者を見つけること」、それが長く続けられる秘訣ではないかと。地元と付き合う努力は必要だが、似たような趣味趣向で気の合う人を探し出すこと。得意料理やお菓子談義に花を咲かせるのも必要だし、土蔵の中でオペラのCD を聞けるご近所もありがたいものだ。

「それともうひとつ。腕の良い大工を見つけること」。家の補修はやはり地元が良いと言う。こちらに来て震災も経験した。そしていまはその次の人生のことを考えはじめている。

きょうは良い話が聞ける日だとひとりごちながら、3キロほど離れた梁川小学校を見に行く。どこか懐かしいにおいがする小学校だ。

集落の一等地、田園の先の見晴らしの良い高台にその校舎はあった。水利があり見通しのきく高台は縄文時代の遺跡が多い。もしかしたらここもそのひとつかもしれないな、と思いながらわたしは梁川を後にした。

*次月号では移住地中に積極的な奥州市の取り組みや空き家バンクについて書く予定です。(宮城・岩手・秋田担当 中村健二)

▲梁川小学校。

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売却物件を求めています

大切にされてきた家には限りない魅力がある都会の喧騒から自然の暮らしを求め、思い出をたくさんつくったあなたの田舎の家。人生のステージの変化にともないそれを手放す時が来るとしたら・・・これから田園生活をしたい人にバトンを渡すように引継ぎたいと思いませんか。

ふるさと情報館創立30周年を迎え、近年「この家を引継ぐ子どもや親戚がいない」「配偶者に先立たれ町に住む子どもと暮らす」など、様々な理由で売却する方の相談が増えてきました。日本では木造住宅の耐用年数は22年で、それを過ぎると建物の評価はゼロですが、ふるさと情報館では、永年使われてきた家や周辺環境、庭、菜園や果樹、必要な道具類も込みで「田園生活住み継ぎ物件」として、これから田園生活をしたい方に紹介する事業を展開してゆきます。

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東京◆本部/足元にポトリ・・・自然豊かな田舎の洗礼を【本部スタッフ・ふるさと見聞録】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2020年9月30日

先月号にマダニの話があり、続けざまに「害虫」の話では本誌購読者が減ってしまうかもしれないが、私も初めて自然豊かな田舎ならではの洗礼にあった。

所有者が現地を特定できない売却依頼。記憶頼りの手書き地図で探しだす困難なミッション。山に精通した地元の方の導きもあって、役場や開拓林の管理人夫妻、近隣にある元村長の土地など、聞き込みを進めていくのは謎解きパズルのよう。驚くほどの夕立が止み、疲労困憊でついに手書き地図の目印の白いプレハブを発見。車が入れないこの裏山の未舗装の道の先が現地のはず。

「このあたりはヒルが出るから気をつけて」確かに足が取られるほどジメジメしてうす暗い山道。結局少し進んでみたものの、途中道路が竹林によって阻まれ、その先は断念せざるを得なかった。

案内人の方の家に戻り、苦労話に花が咲く。最近調子が悪いというパソコンの設定をしながら談笑していると、私の足元に丸々と肥えた二匹のヤマビルが落ちた。

痛みは全くない。

とにかく驚いた。

浴室を使わせてもらい、慌ててズボンを脱いだ。

「弟切草」という薬草をもらい傷口に塗ってみる。

ズボンの中にはもう一匹いて、息を吹きかけるとしゃくとり虫のように頭を左右に振っていた。
(本部 星野 努)