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山梨◆八ヶ岳/盛夏の候、7月のお知らせ【八ヶ岳南麓・たかねの里だより】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2020年7月1日

▲7月の田んぼの様子。田植えから1か月と少し。柔らかいグリーンが芝生のよう。(北杜市高根町)

今年の7月はどんな天候になるでしょうか。7月の季語を並べてみると「梅雨明」、「小暑」、「成暑」、「極暑」、「大暑」、「炎暑」と続きます。字を見ているだけで、梅雨が明け、夏へと進む光景が目に浮かび、汗が流れてきそうです。

北杜市の夏は都心に比べると、随分と過ごしやすい環境です。標高の高いエリアではエアコンはもちろん、扇風機さえ無い家も。標高の低い八ヶ岳事務所は昼間こそエアコンが必要な時期がありますが、夜になるとグッと気温が下がります。エアコンなしで眠れるこの環境、移住してきた時には、体がすごく楽だと驚いたものです。

▲八ヶ岳南麓の涼しい夕暮れ時。エアコン不要で快適な夜を過ごせる。(北杜市高根町)

「土用」というのも7月の季語だそうです。「土用」と聞くと「土用の丑の日」と思うのが日本人というものではないでしょうか。今年の「土用の丑の日」を調べたら7回もあるとのこと。てっきり夏に1回かと思ったら、冬に1回、春、夏、秋にそれぞれ2回。因みに夏は7月21日、8月2日の2日間。

(※写真はイメージです。ちなみに井筒屋さんの重箱は紅色!)

小淵沢の駅前には「井筒屋」という鰻屋があります。古民家の建物に、趣あるアンティークのイスとテーブル。落ち着いた空間で、鰻が焼きあがるのをじっと待つ、そんな素敵なお店です。書きながら鰻が食べたくなりました。

◆北杜市の状況について

北杜市でのコロナの影響はいかがでしょうか。茅ケ岳、瑞牆山、八ヶ岳、甲斐駒ヶ岳への登山道は6月より自粛が解除されています。市営の温泉施設についても5月後半から順次、営業を再開。8つある図書館も事前予約が必要ながら再開しました。

一方で、例年、7月に行われる人気イベントの「小淵沢町・八ヶ岳ホースショー」、「明野町・サンフラワーフェスタ」はイベント中止が決まっています。

ここで少し、北杜市役所の対応をご紹介します。まず、北杜市ではコロナ対策のコールセンターを発足しています。この状況下で支援について聞きたいことがあっても、何処に問い合わせたら良いのか判らない。国なのか県なのか、医療機関なのか。有効な制度があっても、必要な人にその情報が届かなければ意味がない。必要な窓口におつなぎするための総合窓口がコールセンターとなります。とてもありがたい取り組みですね。

その他には、◇高齢者のみ、障がい者のいる世帯へ50枚のマスクを配布、◇子育て世代へ子供一人あたり1万円の給付金、◇休業等の収入減で住居を失うおそれのある方への給付金制度。◇妊婦・高齢者の方にタクシー券を支給。◇新たに「出前」や「持ち帰り」に取り組む飲食店には、経費の一部を補助しています。

また、◇市内農業者の農産物等の販売情報や飲食店の宅配・出前サービス情報を掲載するサイトを新たに準備しています。 お伝えしたものは対応の一部になります。

詳細は市のホームページでご確認ください。市役所というのは、一番身近にある行政で、その役割は我々のライフラインとも呼べるものだと思う今日この頃です。(八ヶ岳事務所 大久保武文)

▲木々をぬける風が気持ちよい、木陰の小道。(北杜市大泉町)

山梨◆北杜市/日々是感謝、絶妙なバランスの上で【八ヶ岳スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2020年6月27日

北杜市は、和洋中様々な美味しいお料理を楽しめるお店が多いことも魅力の一つ。それぞれのお店が頑張ることで相乗効果が生まれ、実は絶妙なバランスで支えあっているという事を、あるオーナーさんからお聞きしました。

今回の感染拡大防止による緊急事態宣言で、GW中は道の駅が休業、宿泊施設も5月中営業を見合わす所も多く、飲食店も営業自粛をされる所も。そんな中テイクアウトを始めるお店も増え、各お店が工夫を凝らして営業されています。

中には休校中の子供さんのいる家庭は学割で半額提供というお店も。「居酒屋さんのテイクアウトでお家居酒屋♪」「ここのランチ弁当おススメ」と友人からも情報が入り、みんなお家時間を楽しみつつ、お気に入りのお店を応援しているようです。

私たちの生活を支えて下さっている方々に感謝し、できる事に取り組んでいきたいと思います。八ヶ岳事務所も感染防止を心がけながら、案内を再開しております。お問い合わせをお待ちしております。(八ヶ岳事務所 原 きみえ)

東京◆本部/物件ウォッチ誌上オンエアー【(文化放送「大人ファンクラブ」より)】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所・中村健二

2020年6月24日

木造校舎のような・・・。山梨県北杜市1450万円(物件NO16392N)

▲昭和レトロを感じさせる外観・室内。

この物件は八ヶ岳の南麓、JR で最も標高の高いところを走る高原鉄道・小海線甲斐大泉駅の駅上にあるコーヒー焙煎処です。周辺は大陸からの帰還者によって戦後開拓された場所で、標高1200メートル以上の高原地帯です。

ですから「大開(おおびらき)」とか「帰農(きのう」と言った独特の字名が残っています。このあたりは俳優の柳生博さんのお店もありますね。

ペンションや別荘のほか、最近では甲斐大泉駅に上ってくる県道沿いに飲食店やパン屋ができたり、パノラマの湯や個人医院も開業したりと、南麓屈指の賑わいを見せていて都会から移住される方も非常に多いです。

北杜市のまちづくり条例における「森林共生区域」に指定され、八ヶ岳の赤岳がほんとうに大きくダイナミックな表情を見せています。

この物件は関西出身の方が12年ほど前に購入されたもの。それ以前には画家のアトリエでした。カラマツ林の静かな環境の中で油絵を描いていた板張りの木造建築であったものを、私のお客様である今の所有者が購入されたのです。

「名水の誉れ高いこの地の水を使ってコーヒー焙煎処をやりたい!」と奥様を説得しご夫婦そろって移住。当時は建物の建て付けが悪かったのか隙間風も侵入し、板張りの外壁もところどころ塗装が必要になってきたり、と悪戦苦闘。それでも屋根に積もった落ち葉を払って屋根を葺き替え、北側の物置は友人なども泊まれるように居室へとリフォームされました。

メインの道路から1本も2本も入った場所にあり、お店としての立地条件は良くない。というよりも悪い場所だ。でもどういうわけか来店者の評判は違い、「落ち着いて静かな時間が過ごせる」ともっぱら評価が高い。

「くたびれた外観も味があって良い」、「新築にはない時間の流れが感じられる」と昭和レトロの木造住宅と彼の渾身を込めた焙煎力が、皆さまに愛されてきました。

国元に残した親の介護が必要となり売却の決断。それが今年3月の初め。

「和歌山へ帰ってもコーヒー焙煎処を続けるつもりですか?」と私。「もちろんです」とオーナーはどこかハニカミながら答えた。 愛着のある物件だからこそ次に引き継がれてほしい、そんな思いが感じられるひとことだった。(八ヶ岳事務所 中村健二)

この物件の詳細はこちら
https://furusato-net.co.jp/bukken/16392N

山梨◆八ヶ岳/向暑の候、6月のお知らせ【八ヶ岳南麓・たかねの里だより】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2020年6月1日

▲田植えの1か月程前から水張りが始まります。水面に映る南アルプスと空が美しい。

今年も気づけば6月。もう1年の折り返し地点まで来てしまったと驚く方も多いのではないでしょうか。

旧暦で表記をすると「水無月」。6月といえば梅雨のど真ん中ですが、「水の無い月」とは不思議な感じがします。調べてみると、旧暦は月の動き、新歴は太陽の動きを基にしたもので、日にちのズレがあるそうです。

因みに、旧暦で今年の6月1日を新暦に直すと7月21日になるとのこと。随分とズレがあるのですね。ちょうど大暑の頃、暑くてカラカラ、「水の無い月」という表記でも納得がいきます。八ヶ岳南麓では4月の後半から田に水を張り、5月中旬から田植え、6月初旬には青々とした苗が風に揺れている姿が見られることでしょう。

さて、この文章は5月のGW 中に執筆のものですが、今年の北杜市のGW は例年とは比較にならない程に静かなものとなっています。コロナウイルス感染拡大予防の為、道の駅、温泉施設、キャンプ場等の観光施設が臨時休館。飲食店では持ち帰りのみの対応が多いようですね。

休館は町なかだけでなく山の中でも。例年なら本格的な登山シーズン幕開けの時期である八ヶ岳の山小屋も休館しています。宿泊はもちろん、トイレの利用も出来ないようです。

感染の拡大を防ぐべく、多方面で努力がされ、協力が求められている状況です。気兼ねなく生活が出来、山にも登れる、そんな日が早く来るように。そして、来年のGW は良い意味で状況が一変していることを願います。

▲田んぼに水を供給する水路。滞ることなく流れる水音が気持ちいい。

◆「動画配信」はじめました

仕事でテレワークが進んでいるとニュースで見聞きします。家にいながらにネットを通じて仕事をする。随分前から推奨されてきたことが、この情勢で一機に進み始めています。

さて、ふるさと情報館八ヶ岳事務所では、物件情報の「動画」配信を開始しました。周囲の状況や接道の仕方、室内の距離感等といった写真では伝わりにくかったものが見えてきます。家に居ながらに、遠隔地の物件の状況が分かりやすくなり、そこでの生活がより想像できるようになると思います。テレワークならぬ、テレ見学といったところでしょうか。

動画公開をしているのは八ヶ岳事務所のホームページです。物件検索の一覧において、建物写真の右上に「動画」の表示があるものが、配信をしている物件になります。順次、物件数を増やしていきますのでご期待ください。
(八ヶ岳事務所 大久保武文)

ふるさと情報館八ヶ岳事務所
https://furusato-yatsu.net/

ふるさと情報館八ヶ岳事務所【公式】Youtubeチャンネル

https://www.youtube.com/channel/八ヶ岳

山梨◆北杜市/市民バスの利用方法が変わりました【巡り巡って北杜市探訪記】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2020年5月21日

4月より便利に一新、北杜市民バス4月より市民バスの利用方法が大きく変わりました。その中でも目玉となるのがデマンドバスの運行開始です。

デマンドバスとは利用者の呼び出しに応じてルートを変え、運行されるバスのことで、事前に利用者登録をし、利用する場合は電話、ネットで予約をする必要があります。幹線道路から外れた、住宅地にも停留所が設けられ、帰りは自宅の近くまで送ってくれます。

車両はバスでは無く、ワゴン車。目的地はスーパーや病院、金融機関等が設定され、日常の生活に必要な場所が多く含まれています。路線バスとタクシーの中間的な存在と言えるでしょうか。

田舎暮らしには車が必須と言われますが、高齢やご病気等、車の運転に不安が出た時には大変心強い存在となりそうです。詳細は、ホームページ「北杜市民バス デマンドバス」で検索してください。デマンドバス利用料金:300円(1乗車)(八ヶ岳事務所 大久保武文)

▲事前に利用登録し、ネット予約が必要。住宅地にも停留所が設けられ、帰りは自宅近くまで送迎。

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北杜市ホームページ(デマンドバスについて)
https://www.city.hokuto.yamanashi.jp/

山梨◆八ヶ岳/惜春のみぎり・5月のお知らせ【八ヶ岳南麓・高根の里だより】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所・中村健二

2020年5月3日

▲移住者の庭先に咲く五月の花ばな(北杜市大泉町)。

ヤマツツジが萌えるがごとく咲きほこるこの時期。移住者の庭先などにもよく見られるこうした光景。毎年、五月になると若葉が芽吹き新緑の力強い色合いを見るにつけ、なにか生命力の源がいっきに溢れ出るように感じられます。

「風薫る」とは言い得て妙。さて、八ヶ岳の南麓では四月の半ばから高根町長澤地区の谷あいをつないで、五百ものこいのぼりがこの薫風のなかを泳いでいます。「北杜24景」のひとつといわれ、地域の人々のいとなみが創り出したみごとな風景となっています。普段は気流の音さえ聞こえてきそうな趣のあるこの谷がこの時期ばかりは華やかになるから不思議です。

また、八ヶ岳の佐久口に当たる長澤地区は戦国時代から交通の要衝地であったため、いまも豪壮な民家が残りそれを移住者のご家族がリニューアルしてフランス料理店をはじめ話題となっています。

もうひとつこの時期の特徴といえば「五月雨」という言い方です。陰暦五月の長雨を表現する言葉であり六月の梅雨にあたります。読み方は「さみだれ」となります。それと対をなすのが梅雨時のいっときの晴れ間をあらわす「五月晴れ」。読み方は「さつきばれ」。いっぽう、大陸の移動性高気圧がもたらす五月の晴天であれば「ごがつばれ」。ではあるけれども、五月の晴れを「さつきばれ」と思い込んだり五月に降る雨を「はしり梅雨」とも言ったりします。

こうした日本語の微妙な感覚を、私たちは意外にも平然と使い分けをしていて、暮らしてきています。もっとも、この「ごがつばれ」どきの田植えもずいぶん早くなって、水ぬるむ五月下旬ではなくゴールデンウィークかその明けにおこなうのがここ南麓でも一般的になっているようです。個人的には「さみだれ」と聞くと、温泉好きな与謝野晶子の短歌を思い出してしまいますが。

▲四層のこいのぼりが薫風の空に泳いでいる(北杜市高根町)。

◆民家と観世榮夫(かんぜ ひでお)さん

私がふるさと情報館に入社したのは、1995(平成7)年のこと。その年は一月に阪神淡路大震災が起こり、入社の一週間前には地下鉄サリン事件がありました。バブル景気ははや過ぎ、日本経済は長い混迷のトンネルに入っていました。私はいつも「遅れてきた青年」であり「祭りのあと」の虚しい余韻を味わってしまうようでした。

じつは私の入社当時の『月刊ふるさとネットワーク』はAB 版サイズ16ページで中綴じモノクロ印刷でした。年間購読料金は3000円。そして当社業績も水面にやっと顔をのぞかせる程度だったとはずいぶん後から聞かされた心温まる?エピソードです。

しかしながら、そういう時だからこそなにかを真剣に探し求める人びとの気概というものをひしひしと感じてもいました。NHK の「おはよう日本」などテレビ取材がはじまったのもその頃からでした。特にすごかったのは日本民家再生協会の立ち上げ報道が日経新聞に出た時です。

▲本部が昔、四ツ谷駅前の白石ビル2階にあったことを知っている方は通です。

1997(同9)年の五月の今頃だったと思いますが、私と代表の佐藤は静岡県の清水市興津へ出張中でその帰り。国道52号線を山梨方面へ車を走らせていると、本部の電話が鳴り止まないと経理から興奮冷めやらぬ口調で連絡が入りました。その後「日本民家再生リサイクル協会」の初代会長になられた観世榮夫さんが就任あいさつで述べられた言葉はいまも私の中に鮮やかに息づいています。

その趣旨は「民家は日本文化の礎なり。大切な文化を引き継いで行きましょう!」と。

その言葉は私には、「あなたは、日本のそれぞれの風土に培われた物件をその暮らしとともに後世へ引き継いで行きなさいよ」というエールにも聞こえました。

今思えば、私が黎明期の当社に籍を置き今日まで続けられているのは観世さんのおかげかも知れません。(八ヶ岳事務所 中村健二)

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特定非営利活動法人(認定NPO)日本民家再生協会
http://www.minka.or.jp/

岩手◆一関市・奥州市/北東北物件探しの旅 ~ 吉里吉里国から人首へ ~【行くぞ北東北!所長ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所・中村健二

2020年4月30日

▲骨寺村は中尊寺のかつての荘園がいまも残る場所。

吉里吉里国(きりきりこく)から人首(ひとかべ)へ

東北本線を走る車両が仙台を過ぎ、岩手との県境にさしかかると、突然東北弁が車内放送から流れ始めた。吉里吉里国が日本国から独立した瞬間だった。作家井上ひさしが描いた『吉里吉里人』(1981年刊)の冒頭だ。売れない三文作家の主人公・古橋と名前が同じだったわたしは、我がことのように井上の流れるような筆致と展開に引き込まれていったことを記憶している。

新幹線一ノ関駅あたりは北上川が作り出した肥沃な流域に広大な農地が広がり、それが途切れた西の山裾(やますそ)には平泉の世界遺産構成群が千年の都を静かに伝えている。十七世紀の終わりには松尾芭蕉も中尊寺を訪れ光堂の名句を残した。

東の山裾は桜の名所で西行法師が京に模すると絶賛した束稲山(たばしねやま)が横たわる。現代の「はやぶさ」は平均時速二百五十キロ以上の高速で移動していく。巻き上がる旋風によって吉里吉里人が話す流暢な東北弁はかき消され、それが入る余地はもはや無いようにもみえる。

地形的には奥羽山脈の東側では「くりこま高原」などの高山がそびえているため、それを乗り越えてくる雪は骨寺村や厳美渓ぐらいまでか。極端な標高差があるわけではないが、低山が広がる花巻市と比較するとこのあたりの降雪量は少なめだという。ことに今年の冬はまったくと言っていいほど雪はない。個人的には残念だ。

さて、遠野で用事を済ませたのち、もう一つの目的地である奥州市(おうしゅうし)江刺米里(えさしよねさと)へ向かった。関東在住の方が田舎暮らしをしたいと十数年前に都内の業者から購入した物件の売却相談があり、所有者の了解のもと今日はその物件の現況確認をする日だった。住所は特定できる。が、衛星写真では建物らしきものは写っていない。嫌な予感がした。

川に沿って県道水沢米里線を南下していくと右手に緑青色の山肌と、その手前には無人と思われる砕石工場が威容な姿をあらわしていた。さらに県道を進むと、川を過ぎたとたん急カーブが出現し、その両脇に歴史の重みを感じさせる町並みが突然姿をあらわした。旧街道筋に入ったのだ。

▲人首地区入口の急カーブ。

▲賢治が旅館から見たような町並みが残る。

そこは「人首(ひとかべ)」と言われる地区でその名前に思わずたじろいでしまう。平安時代の「蝦夷(えにし)」伝説が息づく町と言われ、江戸期の伊達藩時代には街道の御番所もあった。明治期に入ると坂本龍馬のいとこが日本で初めてロシア正教の教えを駐在する役人に説いた。そしてビザンチン様式のハイカラな教会も建てられたという(しかし昭和8年の大火で焼失)。歴史的に見ても国内外の交流が盛んに行われてきた宿場町だ。

そして宮沢賢治もここを二度訪れている。最初は盛岡高等農林学校在学中の1917(大正6)年のことだ。地質調査で初めて江刺を訪問している。先ほどわたしも見た青い山肌もきっとご覧になり調査されたはずだ。

二度目は花巻で教壇に立っていた1924(同13)年。過酷な地質調査のため、自身の寿命があと15年だと知己にこぼしたあとのこと。この時は遠野側から峠越えをし、詩も創作している。一泊の旅。この日賢治の逗留した「菊慶旅館」は2011年に起きた東日本大震災で大打撃を受けてしまう。六つあった客室の天井の一部が崩落するなど建物は大きく損壊し、岩手県知事も宿泊したという名門旅館は廃業を余儀なくされてしまった。そして多くの方々に惜しまれつつ昨年秋に取り壊された。

▲街道筋に建つ趣のある洋風の家。

人首で味わった高揚感を体のどこかに残しながらさらに南下。無人の小学校を過ぎ「チェーン着脱場」の標識にさしかかると、道路脇の雪がいちだんと増え始めた。目指す物件はもうすぐだ。

急な坂道を登っていくと数軒の集落があった。軒の深い民家がほどよく点在している。岩手の奥座敷に位置し農家民宿でもできそうな築百年を超えるほどのどっしりとした民家群だ。

携帯電話の衛星写真が指し示す物件の場所は雪に埋もれた道なき道の先だ。どうやら幅一メートルほどのこの道らしきところを行けば、売却相談を受けた物件にたどり着けるだろう。そう見当をつけて雪道での歩き方が下手なわたしは雪に足を取られながらゆっくりと一歩ずつ進む。百メートルほど行くと山から湧き出てきた水の流れがあった。そこが里と山の境のようだ。その境目に三軒の「家」が並んで建っていた。目指した物件はそのうちの一軒だった。

東北電力の古びた郵便物の住所地が所有者から教えられた所在地と一致したのだ。そこでわたしの見たものは、無残にも屋根が落ち、いたるところにカビが生えてしまった「家」であった。かつて人の住まいであったものがいわば「廃墟」と化していたのである。

時の過ぎ行くにまかせて人の手が入らずに朽ちつつあったのだ。放置され続けながらも風雪に耐えてきた「家」は、近い将来には確実に自然に帰す運命にあった。雪の中でたたずむ三軒は寄り添いながらその日を静かに待ち続けているようでもあった。

今回は、吉里吉里国も賢治の旅館も物件もいずれもタスキを引き継ぐことなく、わたしの中では残念ながら終わりを告げてしまった。こんなこともある。これが初めてでもないし最後でもないのだから。(北東北担当 中村 健二)

▲雪の中で育つタラノ木。

山梨◆北杜市/北杜の桜・開花スタート【巡り巡って北杜市探訪記】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2020年4月6日

▲山高神代桜。日本三大桜の一つ、推定樹齢は2,000年とも言われる。

■山高神代桜 北杜市武川町山高2763(実相寺境内) 見ごろ:例年4月上旬

冬を終え、体がほっと緩む季節となりました。体が緩むと心まで軽くなる。

冬の凛とした静けさの風景が静止画だとしたら、春は生命の息吹により、それが少しずつ動き出したように感じる季節。そんな春の訪れを強烈に感じさせるのが桜ではないでしょうか。

桜を見ると自分が日本人であることを思い出す。花が見られるのはわずかな間なのに、余韻がいつまでも残り、来年もまた見たいと、気持ちを未来へ繋げてくれる。

北杜市では都内より半月ほど遅れて桜の開花がスタート。標高差が大きい為、1か月くらいの長い期間、例年であれば市内のどこかしらで花見を楽しむことが出来ます。(八ヶ岳事務所 大久保武文)

▲蕪の桜並木。

■ 蕪(かぶら)の桜並木 北杜市長坂町中丸4492   見ごろ:例年4月中旬