第6回:田舎の土地事情 ~景観のいい場所に住みたくても法的規制が~
◆「農振農地」に家は建てられない
▲「農振農地」とは・・・?
山あいの静かな山村。「耕して天まで上る」といわれるほどに、段々畑が美しい山村風景に出会うことがある。
「見晴しがよく、日当りのいいあの雛壇の一部に暮らせたら・・・」と思う人も多いだろう。そこには舗装された道路が走り、しかも休耕地で水道も入っている。しかも休耕地で雑草が生い茂るばかりの土地ならなおさらである。
でも、地元の人に「あの土地は『農振農地』だから、家は建てられない」と言われる。都会人にはなじみが薄いが、田舎では「農振農地」はよく聞く言葉である。この「農振農地」というのはどういうものか。また、そこは永久に家は建てられないのだろうか?
「農振農地」とは通称である。正式には、「農業振興地域の整備に関する法律」(農振法)によって指定された農地のことで、農業以外には利用できない農地である。
この「農振法」は、昭和44年に公布された。高度経済成長の下で、都市化の波が地方の農村にまで押し寄せる中で、乱開発から優良農地を守る目的で農業専用区域として全農地の約9割を指定した。
しかし、永久に農業以外に使用できないかというと、そうでもない。
隣地が既に宅地である場合や、住宅が建っても近隣農地の障害とならないと認められる場合、また圃場整備から10年以上経過しているような場合には、農振法の指定からその農地を除外することができる。それには市町村の農業委員会への申請が必要で、それを「農振除外」申請という。
その農地が「農振農地」であるかどうかは、市町村役場の農業委員会事務局に備えつけてある「農地台帳」に記載されているので、当該農地の所在と地番を告げて問い合わせれば電話でも教えてくれる。
◆農地法の規制には歴史的な経過がある
▲農地法成立の社会的背景を知ろう!
農地の売買や宅地への転用については、「農地法」による制約があり、民法の「契約の自由の原則」に慣れている都市生活者から見れば、それらの厳しい内容は理解に苦しむであろう。
田舎暮らしをするのに、農地に関する法律の詳しい勉強までは必要ないかもしれないが、一つ一つの条文よりは、なぜそうした法律ができたのか、その歴史的、社会的背景を知っておくことは、農村社会をより深く理解するうえでも役立つであろう。
「農地法」は、戦後の農地改革を経て、昭和27年に公布された。戦前、日本の農村の多くの農地は、地主が所有し、小作人は、収量の5割から6割を小作料として米で物納した。
日本の土地所有制度の根本を変革したのは農地改革であった。戦後日本の農業の原点はこの農地改革にあり、「農地法」の基本的な考え方は、この改革により確立された。
「農地法」の精神は、「農地はその耕作者自らが所有することが最もよい」とする自作農主義と、「農地を守り、食糧を確保する」という農業優先政策である。
「農地法」は、戦前の地主制の復活を許さないことを最大の目標におき、農地を農地として維持し、農地の権利の移動と転用を規制する。その後の社会情勢は変化したが、今でも農地に関する基本法として農地保全の役割を果たしているのである。
こうした農地をめぐる歴史を考えると、農業者以外の者が農地を所有することを禁じ、農地の他への転用についても厳しく規制している道理が理解できるのではないだろうか。
「農地を宅地に転用」するのは例外的に認められているのである。転用許可された農地に住宅を建てる場合にも、隣の農地に汚水が流れたり、プラスチックやごみ等が捨てられたりすることのないよう配慮が求められる。「金さえ出せば、何でも自由」とはいかない農村の土地事情である。
しかしながら、近年の農山村の過疎化と耕作放棄農地の増大の中で、都市生活者の田舎暮らし志向による農的生活の実現のためには、農地法の厳しい規制がネックとなってきていることは、多くの人々が指摘するところとなっている。
たとえば、新規就農を促すには「通勤農業150日以上の耕作が必要」との条件を緩和することである。事実、少ない市町村であるが、農地法の花栽培や温室園芸の場合の例外規定を活用して、二拠点生活や別荘利用でも新規就農を認める自治体も多くなっている。
実際には、田舎暮らしを始めた人が近所の農家から畑を借りて家庭菜園をしている例は多い。農地法上は、これは「やみ小作」になるが、農地法が時代の変化に合わなくなってきているということである。
生業としての農業ではなく、自給的な農的暮らしをしたい都市生活者にも農地が利用できる制度の確立が望まれる。(本部 佐藤彰啓)











