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新潟◆新潟市/長岡大花火大会2025【本部スタッフ・ふるさと見聞録】 

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2025年9月28日

▲フェニックス花火 金澤撮影。

毎年、我が家の恒例行事となっている長岡花火大会観覧。8月2、3日は黙っていても家族全員が休みを取ります。

日本三大花火だけあり、例年多くの人が全国から訪れます。

聞くところによりますと、市内のレンタカー店は大渋滞のため仕事にならず休業するほど。

花火大会の始まりは長岡大空襲の慰霊祭として始められた「長岡復興祭」。それが1946年8月1日に行われたとは驚きです。

今年は戦後80周年の節目ともなり、特に戦没者遺族のご家族にとっては特別な思いがあったことでしょう。

また、長岡は中越地震、中越沖地震と二度の大きな地震に見舞われ、そこからの復興を祈念して誕生したのがメインとなるフェニックス花火。言わば、祭りとしての花火ではなく、復興を願う花火です。

全長2㎞に及ぶ連続打ち上げ花火は、空が割れるのではないかとの大迫力。その他正三尺玉、尺玉100連発など、一つ一つの花火がとにかく大きい。しかも2夜連続でやるというのが凄い、の一言。

これを見ることで気持ちが引き締まり頑張れます。皆様も是非一度は生でご覧下さい、感動で涙が出ますから。(本部・新潟担当 金澤和宏)

山梨◆甲府市/山梨の酒が呼んでいる【本部スタッフ・地方出張余話】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2025年9月21日

▲鳥もつ煮。

いきなりですが、私はお酒をたくさんたしなむ口です。週8でお酒を呑んでも平気です(7日しかないと突っ込みを入れて欲しい)。

美味しいお酒を呑みながら美味しいご飯を食べる、この時は至福を感じます。

先日、人生初めての山梨県に行った時のこと。甲府の居酒屋にふらっと立ち寄りました。店内はお客さんで賑わっており、ここは人気店のようです。

テーブルに着き、『鳥もつ煮』と『ビール』を注文。

鳥もつ煮は鶏の砂肝やレバー等を煮込んだ山梨の郷土料理です。甘辛い濃厚な醤油ダレと多彩な食感のハーモニーにビールが進みます。

お次は『馬刺し』を肴に『谷櫻』を頂きました。

▲馬刺しと谷櫻。

山梨では歴史的背景から馬刺し文化が根付いており、馬刺し好きの私には堪りません。

谷櫻はほんのり甘く切れの良い、地元の純米吟醸。酒造りに使う米を精米するところから自社で行っています。

馬刺しに薬味を乗せ口に運び谷櫻で流し込む。美味い!気づいたら二合飲んでました。

最後の締めは『シャトーメルシャン』。長い歴史をもったワインの原点とも言えるブランドです。白はフルーティーで軽く、赤はしっかりした味を感じました。やはり山梨のワインは美味い。

気づいたらさすがの私もこの日は酒に酔わされていました。どうやら、私と山梨県は相性が合ってそうです。また美味い酒と肴を求め山梨に来ようと帰り道に千鳥足で誓うのでした。(本部 浅見修光)

岩手◆八幡平市/雲上の楽園、その後【本部スタッフ・ご当地ローカル発見伝】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2025年9月18日

▲雲上の楽園も今やゴーストタウン化し、RC造のため今後百年以上はその姿を維持しているだろう。

岩手県八幡平市は県内北西部の奥羽山脈東麓に位置し、2005年に西根町・安代町・松尾村が対等合併して発足した市町村。

その中でも松尾村にあった松尾鉱山は古くから硫黄が採掘されることが有名で、江戸時代中期には既にその存在が知られていた。

戦前になるとその大型資本による本格的な開発が進み、一時期は東洋一の硫黄鉱山として隆盛を極めました。

当時は家賃無料・水道光熱費無料に加え、サラリーマンの当時の平均賃金の3〜4倍保証と、現代から見ても破格の待遇を提示していたことから、ヤマに入る男たちは後を絶ちませんでした。

まだ一般的な公団住宅が普及する前から、インフラ完備の鉄筋コンクリートのアパートや教育施設、映画館、病院等が標高約900mの山奥に聳えるその光景は、まさに「雲上の楽園」と呼ばれもてはやされました。

しかし坑内での落盤・爆発・火災事故も多かったことから、いわゆるハイリスク・ハイリターンの仕事だったため、人の入れ替わりも一際激しかったといいます。

そして高度経済成長期に入ると、産出される硫黄の需要減や生産コストの増大から一気に経営が傾き始め、エネルギー革命により日本各地の炭鉱が閉山し始めた時期と同じ1969年に経営悪化から閉山。

その結果莫大な解体コストがかかるRC構造の緑が丘アパート群は放置され、閉山から半世紀以上経過した今でもひっそりそこに人々の繁栄と衰退の歴史を証明しています。(本部 髙橋瑞希)

東京◆本部/終活と不動産売却【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2025年9月4日

▲相続時に困らないための不動産売却。

田舎物件の売却理由は人それぞれのため一概には言えませんが、とりわけ最近では“終活”のため手放すという方が増えてきたように感じます。

また所有者様がお亡くなりになってから、自分たちは1度も物件現地を見たことないという相続人様からのご依頼もあり、これに通じることは親子間での不動産相続の希薄化ではないでしょうか。

バブル期の土地神話から40年近く経過した現代では、もはや買った時より高く売れる方が稀で、モノによっては市場価値が0円という“負”動産も実在することもこれまた事実。

土地建物は植物と同じで感情こそは無けれども、定期的なメンテナンスを怠ると干からびて死んでしまいます。

不動産自体よりも不動産売却益を現金で渡して、自身の相続時に余計な火種を残したくないという親御様のご意見も至極真っ当なもの。

不動産は何でもかんでも売れるわけではなく、そもそも商品にすらならない状態となっては手遅れのため、まずは空き家になった時点で田舎物件の専門業者に相談するのが得策でしょう。(本部 髙橋 瑞希)

香川◆観音寺市/天空の鳥居 高屋たかや神社【本部スタッフ・ふるさと見聞録】 

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2025年8月26日

▲鳥居の前に広がる瀬戸内海と讃岐平野は一見の価値あり。

旅行を趣味?とする小生。それが齢50を過ぎ、体力の衰えを感じるようになり、いつしか旅行=パワースポット巡りに目覚めました。

パワースポットと言えば神社仏閣、神社仏閣と言えば空海和尚の香川県!(そこは独断的思考ですので何卒ご寛大を)

そこで今回訪ねたのは観音寺市にある高屋神社。当にタイトル通りの鳥居です(これ以外のタイトルは考えても思いつかず)。

神社は本来、神様がいらっしゃるお社(本殿など)に参拝するものですが、ここに至っては主人公が「鳥居?」、いや、正確には「鳥居の前に広がる景色」と言っても過言ではありません(もちろん奥には立派な本宮が鎮座しています)。

標高400mあまりの里山からの眺めはそう珍しいものではありませんが、その眺めが鳥居を介してとなると人間の脳がその価値を何倍にもしてしまうのでしょうか。

ご利益は稲の豊作を司る神様とのこと。今のコメ不足も何とかしてほしいものです。

普段は無人で、御朱印は自動販売機で購入、水洗トイレ完備。頂上近くまでは車で行けます。

時間と体力がある方はミニ登山の参道を一時間くらいかけ、よっこらしょ、どっこいしょと登っていけば、登頂した時の感動は更に大きくなることでしょう。(本部・香川県担当 金澤和宏)

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高屋神社~天空の鳥居~(観音寺市役所 商工観光課観光係ホームページより引用)
・下宮までのアクセス
車:高松自動車道大野原ICから車で18分(約8km)、さぬき豊中ICから車で20分(約8km)
境内に駐車場あり

鉄道:JR観音寺駅からタクシーで13分(約4km)

乗り合いバス:1日4便。高屋神社下宮行きのバスはありません。最寄りのバス停から徒歩約10分(約1Km)。

・本宮までのアクセス
徒歩:下宮から本宮まで徒歩約50分。(山道のため、歩きやすい靴でお越しください。)

・天空の鳥居行きシャトルバス
土・日曜日・祝日は、山頂行きシャトルバスを運行しています。

広島◆広島市/80年後のミライ【本部スタッフ・全国乗り鉄漫遊記】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2025年8月23日

▲路面電車がエキナカに乗り入れる配線は、富山地鉄の富山駅等で実用化されていますが、2階に高架で乗り入れるのは今回は日本初。

今年8月は日本の終戦からちょうど80年の節目ということもあり、例年以上に戦争を風化させないような取り組みが全国各地で行われています。

毎年8月6日は国内外から多くの来賓が訪れる広島市ですが、今年は平和記念公園から離れた広島駅にも別の視点から注目が集まっています。

広島駅は今から約130年前の1894年(明治27年)に開業したものの、当時は鉄道忌避伝説の影響からか市内中心部を避けるようなルートが選定され今日に至っています。

そのため駅周辺は中心部ほどの発展はありませんでしたが、平成から始まった駅前再開発によりタワマンや商業施設が増えるようになり、広島駅も構内外において大規模な模様替えが実施されることになりました。

その一環で同居していた駅ビルもリニューアルすることになり、今年3月24日にエキナカ商業施設「minamoa(ミナモア)」がオープン。

そして広島市内に路面電車を有する広島電鉄(通称:広電)も再開発に伴い、運行ルートが大幅に見直された結果、広島駅の中に直接乗り入れるという大胆な乗り場に変わり、8月3日に広電駅前大橋ルートが開通を迎えることとなりました。

▲広島駅と目と鼻の先にある猿猴橋町電停。電車を待つより歩いた方が早いことでも有名でした。

ルート変更にあたり運行形態も変更されるため、新たに環状線も来年春から走ることが予定されていますが、一方で広島駅を出てすぐ、路面電車のホームとしてはかなり狭いホームで有名だった「猿猴橋町えんこうばしちょう」電停は8月2日の終電を最後に廃止されることに。

当電停周辺は道路拡大も難しく、元々渋滞が頻発する区間だったこともあり、廃止後は道路状況も幾分か改善されることが見込まれます。

▲今回のルート変更に伴う短縮効果は約4分程度。的場町・段原一丁目電停をは、来年春までしばらく冬眠です。

広島市はかつて1960年代に、他の地方都市同様に地下鉄建設計画が持ち上がっていましたが、諸事情で実現しなかったことから路面電車と共に歩む道を選んだ比較的珍しい都市です。

戦災復興でかなり道幅に余裕をもったのが、今でも路面電車が都市部で生き残っている大きな要因だと思いますが、やはり原爆投下から3日後には電車が走り始め、当時の広島市民を勇気づけたという偉大さが支えられている理由の一つとも言えるでしょう。(本部 髙橋瑞希)

東京◆本部/ふるさと情報館と深大寺の縁【本部スタッフ・ふるさと見聞録】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2025年8月5日

▲深大寺の御開帳に行って参る。(写真はイメージです)

ふるさと情報館は日本各地に地域店、提携店、案内人を擁し地方とのご縁を繋げ事業を展開してます。

それでは〝東京は〟と言えばどうでしょう。

当社は毎年新年、社員一同で調布市の深大寺で商売繁盛祈願の初詣、新年会を行います。

その地道でひたむきな願いを聞き入れてくれ続け、35年間に亘る事業の安泰を支えてきて頂いています。

その深大寺で本年5月、50年に一度の開祖、慈恵大師様、後の「元三大師」象の御開帳に行って参りました。

20分ほどの行列を並び、新年には我々がお焚き上げ法要を頂く本堂へ。

いつもは煌びやかな法要殿ですが、このときばかりはそのようなものは一切取り除かれ、元三大師の座像のみがどっしり置かれていました。

座像でありながら高さ2m以上ある、日本最大の彫像の迫力に圧巻です。

かっと見開かれた今に動くのではないかと思われる目玉に言葉を失い、たじろぎました。

この眼力を頂ければ世の中のあらゆる争いが無くなるではないかと実感しました。(写真撮影は禁止のため皆さまにお伝えできないのが残念です)

拝観後、いつもは本殿の後ろから我々を見守っていて下さっていると思うと、より一層に事業に励む気持ちに。

あらこちらで「御開帳」と言われる神社仏閣は聞きますが、機会が合わずに見らないことが多い中、とても貴重な体験を頂きました。

ふるさと情報館と深大寺の縁を感じます。これからも深大寺様、どうぞ宜しくお願い致します。(本部 金澤 和宏)

秋田◆由利本荘市/タブレット「〇□△」【本部スタッフ・全国乗り鉄漫遊記】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2025年7月24日

▲大きい輪っかがタブレット(前郷~矢島間)、小さい輪っかがスタフ(羽後本荘~前郷間)。

一般的に「タブレット」というと、現代人ならスマホの大きい版のアレを連想されるかと思いますが、多少鉄道関係に詳しい方なら全く別物をイメージします。

現代の鉄道の運行システムは、ほぼ全て指令所と呼ばれる各拠点に設けられた施設内で、24時間体制でコンピュータ制御と指令員の対応により遠隔操作されています。

ただし戦後までは各駅の係員が信号機やポイントの操作を人力で行っていたため、ヒューマンエラーを起こせばたちまち正面衝突等の重大事故に繋がりかねない安全面でのリスクが付き纏いました。

そこで鉄道創成期の明治時代より使われてきたのが、今回の主役であるタブレットと呼ばれる〇□△の穴が開いた通行票です。

単線区間においては1列車しか進入出来ない閉塞区間において、タブレット金属板を輪っかにはめた、言わば通行手形を駅係員から受け取ることで、安全に列車運行を実現出来たという、鉄道史ではタブレットは無くてはならない重要なアイテムでした。

そんなタブレット交換は省力化により全国でも残りわずかとなり、そのうち秋田県由利本荘市の由利高原鉄道前郷駅では、今でもタブレット方式による列車交換が現役です。(本部 髙橋瑞希)