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山梨◆八ヶ岳/惜春のみぎり・5月のお知らせ【八ヶ岳南麓・高根の里だより】

この記事の投稿者: 代表取締役・中村健二

2020年5月3日

▲移住者の庭先に咲く五月の花ばな(北杜市大泉町)。

ヤマツツジが萌えるがごとく咲きほこるこの時期。移住者の庭先などにもよく見られるこうした光景。毎年、五月になると若葉が芽吹き新緑の力強い色合いを見るにつけ、なにか生命力の源がいっきに溢れ出るように感じられます。

「風薫る」とは言い得て妙。さて、八ヶ岳の南麓では四月の半ばから高根町長澤地区の谷あいをつないで、五百ものこいのぼりがこの薫風のなかを泳いでいます。「北杜24景」のひとつといわれ、地域の人々のいとなみが創り出したみごとな風景となっています。普段は気流の音さえ聞こえてきそうな趣のあるこの谷がこの時期ばかりは華やかになるから不思議です。

また、八ヶ岳の佐久口に当たる長澤地区は戦国時代から交通の要衝地であったため、いまも豪壮な民家が残りそれを移住者のご家族がリニューアルしてフランス料理店をはじめ話題となっています。

もうひとつこの時期の特徴といえば「五月雨」という言い方です。陰暦五月の長雨を表現する言葉であり六月の梅雨にあたります。読み方は「さみだれ」となります。それと対をなすのが梅雨時のいっときの晴れ間をあらわす「五月晴れ」。読み方は「さつきばれ」。いっぽう、大陸の移動性高気圧がもたらす五月の晴天であれば「ごがつばれ」。ではあるけれども、五月の晴れを「さつきばれ」と思い込んだり五月に降る雨を「はしり梅雨」とも言ったりします。

こうした日本語の微妙な感覚を、私たちは意外にも平然と使い分けをしていて、暮らしてきています。もっとも、この「ごがつばれ」どきの田植えもずいぶん早くなって、水ぬるむ五月下旬ではなくゴールデンウィークかその明けにおこなうのがここ南麓でも一般的になっているようです。個人的には「さみだれ」と聞くと、温泉好きな与謝野晶子の短歌を思い出してしまいますが。

▲四層のこいのぼりが薫風の空に泳いでいる(北杜市高根町)。

◆民家と観世榮夫(かんぜ ひでお)さん

私がふるさと情報館に入社したのは、1995(平成7)年のこと。その年は一月に阪神淡路大震災が起こり、入社の一週間前には地下鉄サリン事件がありました。バブル景気ははや過ぎ、日本経済は長い混迷のトンネルに入っていました。私はいつも「遅れてきた青年」であり「祭りのあと」の虚しい余韻を味わってしまうようでした。

じつは私の入社当時の『月刊ふるさとネットワーク』はAB 版サイズ16ページで中綴じモノクロ印刷でした。年間購読料金は3000円。そして当社業績も水面にやっと顔をのぞかせる程度だったとはずいぶん後から聞かされた心温まる?エピソードです。

しかしながら、そういう時だからこそなにかを真剣に探し求める人びとの気概というものをひしひしと感じてもいました。NHK の「おはよう日本」などテレビ取材がはじまったのもその頃からでした。特にすごかったのは日本民家再生協会の立ち上げ報道が日経新聞に出た時です。

▲本部が昔、四ツ谷駅前の白石ビル2階にあったことを知っている方は通です。

1997(同9)年の五月の今頃だったと思いますが、私と代表の佐藤は静岡県の清水市興津へ出張中でその帰り。国道52号線を山梨方面へ車を走らせていると、本部の電話が鳴り止まないと経理から興奮冷めやらぬ口調で連絡が入りました。その後「日本民家再生リサイクル協会」の初代会長になられた観世榮夫さんが就任あいさつで述べられた言葉はいまも私の中に鮮やかに息づいています。

その趣旨は「民家は日本文化の礎なり。大切な文化を引き継いで行きましょう!」と。

その言葉は私には、「あなたは、日本のそれぞれの風土に培われた物件をその暮らしとともに後世へ引き継いで行きなさいよ」というエールにも聞こえました。

今思えば、私が黎明期の当社に籍を置き今日まで続けられているのは観世さんのおかげかも知れません。(八ヶ岳事務所 中村健二)

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特定非営利活動法人(認定NPO)日本民家再生協会
http://www.minka.or.jp/

岩手◆一関市・奥州市/北東北物件探しの旅 ~ 吉里吉里国から人首へ ~【行くぞ北東北!所長ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 代表取締役・中村健二

2020年4月30日

▲骨寺村は中尊寺のかつての荘園がいまも残る場所。

吉里吉里国(きりきりこく)から人首(ひとかべ)へ

東北本線を走る車両が仙台を過ぎ、岩手との県境にさしかかると、突然東北弁が車内放送から流れ始めた。吉里吉里国が日本国から独立した瞬間だった。作家井上ひさしが描いた『吉里吉里人』(1981年刊)の冒頭だ。売れない三文作家の主人公・古橋と名前が同じだったわたしは、我がことのように井上の流れるような筆致と展開に引き込まれていったことを記憶している。

新幹線一ノ関駅あたりは北上川が作り出した肥沃な流域に広大な農地が広がり、それが途切れた西の山裾(やますそ)には平泉の世界遺産構成群が千年の都を静かに伝えている。十七世紀の終わりには松尾芭蕉も中尊寺を訪れ光堂の名句を残した。

東の山裾は桜の名所で西行法師が京に模すると絶賛した束稲山(たばしねやま)が横たわる。現代の「はやぶさ」は平均時速二百五十キロ以上の高速で移動していく。巻き上がる旋風によって吉里吉里人が話す流暢な東北弁はかき消され、それが入る余地はもはや無いようにもみえる。

地形的には奥羽山脈の東側では「くりこま高原」などの高山がそびえているため、それを乗り越えてくる雪は骨寺村や厳美渓ぐらいまでか。極端な標高差があるわけではないが、低山が広がる花巻市と比較するとこのあたりの降雪量は少なめだという。ことに今年の冬はまったくと言っていいほど雪はない。個人的には残念だ。

さて、遠野で用事を済ませたのち、もう一つの目的地である奥州市(おうしゅうし)江刺米里(えさしよねさと)へ向かった。関東在住の方が田舎暮らしをしたいと十数年前に都内の業者から購入した物件の売却相談があり、所有者の了解のもと今日はその物件の現況確認をする日だった。住所は特定できる。が、衛星写真では建物らしきものは写っていない。嫌な予感がした。

川に沿って県道水沢米里線を南下していくと右手に緑青色の山肌と、その手前には無人と思われる砕石工場が威容な姿をあらわしていた。さらに県道を進むと、川を過ぎたとたん急カーブが出現し、その両脇に歴史の重みを感じさせる町並みが突然姿をあらわした。旧街道筋に入ったのだ。

▲人首地区入口の急カーブ。

▲賢治が旅館から見たような町並みが残る。

そこは「人首(ひとかべ)」と言われる地区でその名前に思わずたじろいでしまう。平安時代の「蝦夷(えにし)」伝説が息づく町と言われ、江戸期の伊達藩時代には街道の御番所もあった。明治期に入ると坂本龍馬のいとこが日本で初めてロシア正教の教えを駐在する役人に説いた。そしてビザンチン様式のハイカラな教会も建てられたという(しかし昭和8年の大火で焼失)。歴史的に見ても国内外の交流が盛んに行われてきた宿場町だ。

そして宮沢賢治もここを二度訪れている。最初は盛岡高等農林学校在学中の1917(大正6)年のことだ。地質調査で初めて江刺を訪問している。先ほどわたしも見た青い山肌もきっとご覧になり調査されたはずだ。

二度目は花巻で教壇に立っていた1924(同13)年。過酷な地質調査のため、自身の寿命があと15年だと知己にこぼしたあとのこと。この時は遠野側から峠越えをし、詩も創作している。一泊の旅。この日賢治の逗留した「菊慶旅館」は2011年に起きた東日本大震災で大打撃を受けてしまう。六つあった客室の天井の一部が崩落するなど建物は大きく損壊し、岩手県知事も宿泊したという名門旅館は廃業を余儀なくされてしまった。そして多くの方々に惜しまれつつ昨年秋に取り壊された。

▲街道筋に建つ趣のある洋風の家。

人首で味わった高揚感を体のどこかに残しながらさらに南下。無人の小学校を過ぎ「チェーン着脱場」の標識にさしかかると、道路脇の雪がいちだんと増え始めた。目指す物件はもうすぐだ。

急な坂道を登っていくと数軒の集落があった。軒の深い民家がほどよく点在している。岩手の奥座敷に位置し農家民宿でもできそうな築百年を超えるほどのどっしりとした民家群だ。

携帯電話の衛星写真が指し示す物件の場所は雪に埋もれた道なき道の先だ。どうやら幅一メートルほどのこの道らしきところを行けば、売却相談を受けた物件にたどり着けるだろう。そう見当をつけて雪道での歩き方が下手なわたしは雪に足を取られながらゆっくりと一歩ずつ進む。百メートルほど行くと山から湧き出てきた水の流れがあった。そこが里と山の境のようだ。その境目に三軒の「家」が並んで建っていた。目指した物件はそのうちの一軒だった。

東北電力の古びた郵便物の住所地が所有者から教えられた所在地と一致したのだ。そこでわたしの見たものは、無残にも屋根が落ち、いたるところにカビが生えてしまった「家」であった。かつて人の住まいであったものがいわば「廃墟」と化していたのである。

時の過ぎ行くにまかせて人の手が入らずに朽ちつつあったのだ。放置され続けながらも風雪に耐えてきた「家」は、近い将来には確実に自然に帰す運命にあった。雪の中でたたずむ三軒は寄り添いながらその日を静かに待ち続けているようでもあった。

今回は、吉里吉里国も賢治の旅館も物件もいずれもタスキを引き継ぐことなく、わたしの中では残念ながら終わりを告げてしまった。こんなこともある。これが初めてでもないし最後でもないのだから。(北東北担当 中村 健二)

▲雪の中で育つタラノ木。

山梨◆北杜市/北杜の桜・開花スタート【巡り巡って北杜市探訪記】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2020年4月6日

▲山高神代桜。日本三大桜の一つ、推定樹齢は2,000年とも言われる。

■山高神代桜 北杜市武川町山高2763(実相寺境内) 見ごろ:例年4月上旬

冬を終え、体がほっと緩む季節となりました。体が緩むと心まで軽くなる。

冬の凛とした静けさの風景が静止画だとしたら、春は生命の息吹により、それが少しずつ動き出したように感じる季節。そんな春の訪れを強烈に感じさせるのが桜ではないでしょうか。

桜を見ると自分が日本人であることを思い出す。花が見られるのはわずかな間なのに、余韻がいつまでも残り、来年もまた見たいと、気持ちを未来へ繋げてくれる。

北杜市では都内より半月ほど遅れて桜の開花がスタート。標高差が大きい為、1か月くらいの長い期間、例年であれば市内のどこかしらで花見を楽しむことが出来ます。(八ヶ岳事務所 大久保武文)

▲蕪の桜並木。

■ 蕪(かぶら)の桜並木 北杜市長坂町中丸4492   見ごろ:例年4月中旬

山梨◆八ヶ岳/仲春のみぎり・4月のお知らせ【八ヶ岳南麓・高根の里だより】

この記事の投稿者: 代表取締役・中村健二

2020年4月3日

春分の日を境に昼間が日一日と長くなってきます。その日から数えて15日目が4月の5日ごろに当たるわけですが、今年は4日の土曜日がその日です。この日は24節気のひとつ「清明」と呼ばれ、万物に清新の気が宿りみなぎるころとされています。毎年のことながら南麓の標高千メートル以上に自生するカラマツの芽吹く様子を見ていると、大げさかもしれませんが心から「生きていて良かった」と毎年のことながら思えてきます。

今年は暖冬というよりも「超暖冬」といってもよいぐらいでした。わたしも移住して24年目になりますが、これほど暖かく積雪のなかった年は初めてでした。 田舎暮らしと気象というのは切っても切れないあいだ柄です。昨今の気候変動にもついセンシティブになりがちですが、雨と風と気温についてたえず気を配っていることも必要ではないかとわたしは思っています。

時あたかも、はじまりの春です。フレッシュマンの眼で八ヶ岳南麓へ物件探しにお出かけになりませんか。野に出て生き物たちの生命力をご自身の肌でぜひとも感じて見てください。

南麓は言わずと知れた標高差がある場所です。自分たちの暮らしがどのエリアなのかをどうぞお探しください。八ヶ岳事務所スタッフはそのためのナビゲーターに徹します。そしてお出かけの際は突然の天候の変化があることも想定して雨具の用意も忘れずに。

◆不動産固定資産税とその精算について

固定資産税とは毎年1月1日に不動産や償却資産を所有している人が固定資産の価格をもとに算定された税額を市町村へ納める税金です。北杜市の税額は課税標準額×税率1・4% で、不動産の場合の標準額が土地30万円、建物20万円に満たない場合は固定資産税は課税されません。

例えば200坪の山林を500万円で買ったとしても、課税されない場合があります。4月に入ると北杜市役所より固定資産税の納税通知書が自宅に届きます。支払いは全期前納か4期支払い(4月、7月、12月、2月)になります。

私たちの実務でよく混同されがちなのが、固定資産税の精算の場合。例えば4月30日に所有権が移転された時の固定資産税の精算の起算日は、4月1日ではなく1月1日になります。(※地域で慣例が異なります)売主の負担は1月1日から所有権移転の前日4月29日、買主の負担は4月30日から12月31日までで、引き渡し日に日割精算をします。

*固定資産税については北杜市税務課(電話0551-42-1313)、その精算については八ヶ岳事務所にお尋ねください(電話0551-46-2116)

◆八ヶ岳南麓マップの活用法

3月号でお知らせしました「八ヶ岳南麓マップ」ですが、一度手に取ればその内容の濃さにきっと驚かれるはず。これまでの地図は施設案内が中心で、いったいどんな移住者がどこでどんな暮らしをしているのか、ほんとうに知りたい情報がなかなか分からずじまいだったのではと率直に思います。当社作成のマップは道路に標高が入っているだけでなく、どこにどんな移住者がいてどんな活動をされていらっしゃるのか、が手に取るようにわかります。

このマップは事務所にお越しの方々に無料で配布しており、市内の移住者などのお店にも常備しております。また、各種相談会等にご来場の方々にもお渡ししています。一度ぜひ手に取っていただけたら幸いです。(八ヶ岳事務所 中村健二)

↓↓↓小淵沢の物件一覧はこちら↓↓↓

山梨◆北杜市/住み始めて発見・案外快適なことお教えします!【巡り巡って北杜市探訪記】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2020年3月21日


住み始めてから発見する、生活の仕方
というものがある。北杜市に移住してから発見したものの一つが、「高速バスは使える!」である。移住したての時は、新宿へは電車で行くものと思っていた。昔の歌謡曲にも出てくる特急「あずさ」。振り子式の独特な揺れは、今となっては良く覚えていない。結局、あずさに乗ったのは、最初の2回程。その後は、新宿へは高速バスを使っている。


大きな理由は電車の半分ほどの交通費。そして乗ってみると案外と快適だった。席にはスマホ充電のコンセント、WIFI が無料で使える車両もある。靴を脱いで、フットレストに足を乗せ、バスの心地よい揺れに身を任せると、あっという間に眠りの世界へ。

高速バスの停留所は駅とは離れた、何にも無いところに多い。その為、観光ではなく、地元の交通の延長といった雰囲気である。ただ、渋滞時は時間が読めないのは弱点。北杜市に移住されたら是非とも一度、市民の足の延長、高速バスもお試しください。

(八ヶ岳事務所 大久保武文)

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アルピコ交通(新宿←→茅野・諏訪・岡谷)
https://www.alpico.co.jp/traffic/express/suwa_shinjuku/

山梨交通
http://yamanashikotsu.co.jp/highway_bus/shinjuku_okaya/

富士急行
https://bus.fujikyu.co.jp/highway/detail/id/28

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山梨◆八ヶ岳/浅春のみぎり、3月のお知らせ【八ヶ岳南麓・高根の里だより】

この記事の投稿者: 代表取締役・中村健二

2020年3月1日

▲富士山の笠雲。まもなく雨模様の天気。(北杜市高根町)

凍てついた大地からひょっこりと生きものたちが頭を出しはじめるこの時期。八ヶ岳南麓では冬から春へのタスキの引き継ぎは、風がもたらすのが決まりとなっています。宮沢賢治が韮崎出身の保阪嘉内(ほさかかない)から教えられたと思われる「八ヶ岳おろし」が『風の又三郎』にも出てきます。冬の使者はいつしか消え、南風がその座を譲っていくのです。

長く裾野を引く八ヶ岳の東側から吹く風を「佐久口」、西側より吹くそれは「諏訪口」と呼び、大陸の発達した高気圧がもたらす季節風が東は須玉川、西は釜無川を下って甲府盆地に集まるのだから堪りません。サッカーの名門・韮崎高校が全国制覇まであと一歩まで迫ったのは正確無比なショートパス。それが鍛えられたのは八ヶ岳おろしだという人も多いです。

▲残雪の残る神々しい甲斐駒ヶ岳。(北杜市大泉町)

南麓の物件探しで注意したいのは、山岳景観の抜けるような景色の場所で北側に道路がある物件の場合。北側に玄関を持っていく配置にすると戸が強風で開かなくなったという人を何人もわたしは知っています。そうした時にはこの地域で建築設計を数多く手がける住空間研究所の松本勲(まつもといさお)氏に土地選びを相談するのも手。物件見学の折には事務所スタッフにお気軽にお声掛けください。

▲強風にはためく沿道の上り旗。(北杜市高根町)

◆現地見学会が始まります

毎年、3月になると始まるのが当社主催の各地で開催される現地見学会です。今年もこの3月から八ヶ岳事務所をはじめ、信州八ヶ岳西麓、東信州佐久、青木、岩手遠野、埼玉秩父、山梨甲州、栃木那須の各エリアで行います。現地見学会は個別の物件案内とは異なりそのエリアの専任スタッフ同行のもと、複数組でいっしょに現地をご案内いたします。そこでは参加者同士の貴重な意見交換の場でもありますので、どうぞ積極的なご参加をお願いいたします。

八ヶ岳南麓の場合は新着物件のほか、成約者や移住者のお店なども拝見したり昼食を取る中で、生の情報が得られることもしばしば。また、標高の違いによりまだ残雪が路肩にあるなど、見どころも数多くあります。気象状況により「八ヶ岳おろし」の季節風にも出会えるかもしれません。光りかがやく甲斐駒ヶ岳のおすすめスポットもご紹介いたします。

◆八ヶ岳スタッフが県内初の「星空案内人」に

八ヶ岳のスタッフでみなさまの移住のための道先案内人であり、『月刊ふるさとネットワーク』誌面でも星空散歩のコーナーを6年にわたって担当しているスタッフの安江美香が、このたび山梨県内第一号の「星空案内人(星のソムリエ©)」に認定されました。

そして令和2年1月23日の朝日新聞・山梨版には破格の4段でインタビュー記事が掲載され、わたしも驚くととともに八ヶ岳事務所スタッフの魅力がもうひとつ増えたことを素直に喜んでもいる次第。彼女にはこれからも八ヶ岳から見る星空をおおいに語っていくことを願っています。そして「星空観望会」などを計画しています。乞うご期待を。(八ヶ岳事務所 中村健二)

※星のソムリエ ® は星空案内人資格認定制度運営機構が管理・運用する商標です。

▲朝日新聞切り抜き。

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山梨◆北杜市/自分だけのカフェ・自分だけの空間【八ヶ岳スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2020年2月27日

田舎暮らしの足は自動車である。通勤に始まり、買い物、レジャー、家から出かけること=(イコール)車に乗る事。満員電車に乗る事もなく、渋滞も無く、信号機も少なく、田舎での車生活は快適そのもの。ただ、日常の足が車だと、自分の足を使うことが少なくなる。運動不足だ。そんな日常の足の車だが北杜市では別の使い方が見えてくる。

コンビニに行くと、広い駐車場に車がたくさんあるのに、店の中はガラガラという事が良くある。どういう事だろう?事情は直ぐに分かる。みんな車の中にいるのだ。コーヒーやお菓子を買って車に戻ると、そこは自分だけのカフェに早変わり。音楽を聴いたり、ゲームをしたり、映画を見たり。上品なおば様、やんちゃな見た目のお兄さん、老若男女問わず、皆それぞれのスタイルで楽しそうだ。ギターで弾き語りをしている人も(笑)。家とは別に自分だけの空間をみんな持っているのだ。事故なく、日々、車と楽しく付き合いたいものだ。(八ヶ岳事務所 大久保 武文)

山梨◆北杜市/武田信玄の知恵が光る湧水で蕎麦を食う【巡り巡って北杜市探訪記】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2020年2月16日

北杜市には湧水が多く存在します。公営水道が無い地域では井戸を掘るのですが、掘らなくても水が自噴しているところもあるくらいです。

その中で、観光としても人気の湧水スポットが「三分一湧水」です。小海線の甲斐小泉駅から徒歩圏内。戦国時代、水争いをしていた三つの村に等配分するために武田信玄が築いたと言われている堰(水路のようなもの)があり、きれいに水が3分割される様子を見ることが出来ます。

堰の周辺は公園として整備され、夏は森林浴、秋は紅葉狩り、ワンちゃんを連れてのお散歩にも楽しいところです。公園の南側には、甲斐駒ケ岳をはじめとした南アルプスの山岳景観が広がります。

さらに南へ足を延ばすと、この眺望を売りにした高級分譲地が。北杜市で坪単価が高い土地はどんなものか、参考に脇を通り抜けるのも良いかもしれません。

そんな「三分一湧水」ですが、私のお勧めはお蕎麦。十割蕎麦が観光客に人気で、二八蕎麦も十分に喉ごし、風味があります。サクサクした天ぷらはエビと季節の野菜。そして気負わずに行ける庶民的な値段。このバランスの良さが、地元でもリピーターを生むのでしょうね。(八ヶ岳事務所 大久保 武文)

▲一番のお勧め、天もりそば。

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「そば処 三分一」
〒408-0031
山梨県北杜市長坂町小荒間292-1
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