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茨城◆茨城/祝・初、茨城空港!?【本部スタッフ・地方出張余話】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2021年12月25日

十一月初旬、十二年振りに北海道へ行きました。勿論、仕事でしかも日帰りです。その日はいつもは無い少し違う興奮を憶えました。

それは念願の「茨城空港」を使うことにしたためです。

茨城営業担当として近くは頻繁に通っていますが利用したことはありませんでした。まさに灯台下暗し

自宅から車で1時間半という近さに加え、何事も経験という判断。当日朝一路、常磐道を北へ走り、石岡小美玉スマートインターへ。そこからは新しくできた「茨城空港アクセス道路」を10分足らずで到着!

(その道路は速度標識はありません。ん?ここはアウトバーン? いやいや、日本では片側1車線の場合最高速度は50㎞です)

空港駐車場は無料。運が良ければ間近で自衛隊戦闘機のスクランブル発進訓練が見られます。お土産売店は9割が茨城系のもの。

「う~ん、茨城色濃いー!」

搭乗、降機は滑走路内を徒歩で往復。平成22年3月化以降、民間共用、関東3番目の国際空港はなんという親しみやすさ。東京駅から高速バスもあり。

夜の茨城空港アクセス道路は路肩縁石に青い灯り、それはさながら「夜の滑走路」のよう。初めての茨城空港でしたが、また使いたい気分になりました。(本部 金澤和宏)

東京◆本部/老後に向けての資産運用 ~ iDeCo ~ 老後2000万円問題【北の国から・制作スタッフ進行日誌】

この記事の投稿者: 編集

2021年12月22日

老後2000万問題が話題になった2、3年前、新聞やニュースの連日の報道により「地方で老後を暮らすのであれば2000万の貯金は必要ないだろう」と「地方に移住をしたい」といった相談を多数受けました。ですが住む場所によっても異なり、地方に住むとはいえ大幅に生活費が下がるとは限らないのです。

政令市や中核市以外であれば大抵、車が必要不可欠なためガソリン代や維持費が掛かります。また人気の移住地、北海道では、エアコンではなく「灯油ストーブ」を冬の間は使用するので、ガス代や灯油代が東京よりもはるかに掛かるのです。

戸建てであれば灯油ストーブが一般的で、マンションであればマンション自体が灯油ストーブを禁止しているところもあり、「ガスストーブ」を使用します。ここで注意して頂かなければならないのは、都市ガスだと夏よりガス代が上がる程度ですが、プロパンガスだとガス会社によっては、一人暮らしでさえ月に2~3万円前後掛かることもあります。ガス代に加え雪国の冬は灯油代の負担が大きいため企業によっては毎月の給料に燃料費を支給してくれるところもあるほどです。

その他に町内会費の支払いや、スーパーが少ない地方では、かえって東京よりも物価が高い地域もあるので、田舎だからといって一概に生活費が大幅に下がるとは限らないのです。老後に悠々自適なセカンドライフを送るためにも、今から資金をそなえなければいけませんね。

iDeCo(イデコ)とは?

みなさんは「iDeCo」をご存知でしょうか?iDeCo(イデコ)(個人型確定拠出年金)は、「任意」で加入できる「私的年金」の制度です。iDeCoはご自身で金融機関(証券会社・銀行・保険会社)を選び、申し込み、掛金を「拠出」し、運用方法を選択して掛金を「運用」します。掛金と運用益との合計額を給付として受け取ることができるのです。(※金融機関によって取り扱いしている商品が異なります。また口座は1つしか開設できないので金融機関選びは慎重に行いましょう)

iDeCoのメリットは、掛金、運用益と給付を受け取るときに、住民税と所得税が軽減されるといった税制面での優遇があります。運用方法は自身で選んだ商品を運用し、その運用結果によって将来の受け取り額が決まります。

なお、デメリットは資金を60歳まで原則として引き出すことができなく、各種手数料が掛かります。また運用結果によっては元本割れが生じる可能性もあります。とはいえ寿命が伸びている昨今。年々長期化する老後にそなえ、まずはご自身の公的年金・退職金・企業年金の状況を確認し、老後の資金を考えてはいかがでしょうか。

その上で、悠々自適なセカンドライフを送るためにも、ご紹介させて頂いた、個人年金の「iDeCo」を検討してみてください。始める年齢やリスクに対する考えによって、どんな資産配分が適しているか人それぞれですが、万が一にそなえ現金以外の資産を保有するのも大切かと思います。

資産運用についてはネットやYouTube、雑誌、書籍等で勉強できるので、興味がある方はご覧ください。メリット、デメリットはありますが、自分にあった資産運用を始め、老後の資金をそなえるのも1つの手段です。「iDeCo」について詳しくは厚生労働省のHPをご覧頂ければと思います。(本部 井上美穂)

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iDeCoとは?(厚生労働省ホームページ)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/kyoshutsu/ideco.html

 

宮城◆蔵王/物件ウオッチ誌上オンエアー(文化放送「大人ファンクラブ」毎週土曜日06: 25 より。中村の放送回は毎月第4週目)

この記事の投稿者: 代表取締役・中村健二

2021年12月19日

▲ペンション外観。四季を通じて観光客の絶えないのがここ蔵王。

宮城県蔵王町 ペンション1900万円

このコーナーで営業物件を取り上げるのは初めてのことだと思う。「蔵王町」は言わずと知れた東北屈指の温泉リゾート地で、宮城県南に位置しており152平方キロメートルの町域に1万1千人が暮らす。「蔵王連峰」の東南側にひらけた地形で松川の河岸段丘が作り出した強固な岩盤の下から湧く良質の温泉が自慢だ。

コロナ前の2014年の町の観光協会資料によれば、年間の入り込み客数は177万人ほどだという。仙台市内からは約45キロで1時間もかからない。スキーや温泉、日帰りドライブ、グルメ、こけし土産のほか森林浴や健康増進など一年を通じて手軽なリゾート地として人気がある。

▲赤茶けた排水溝からは湯煙が立ち昇っている。

課題は地域の高齢化と若年層の流出だが、蔵王町は移住政策の取り組みにも積極的だ。ペンションオーナーも徐々にではあるが代替わりしているという。そのペンションの数は20件がリストアップされており、本物件はそのサイトでも上位にランクされている。場所は「蔵王の御釜」に行くエコーライン入口の分譲地の最奥にあり、雑木林のなかにたたずむ静かで落ち着いた環境も自慢のひとつだ。

オーナー夫妻はお隣の山形県のご出身。わたしが初めて蔵王の御釜に行ったのは実に40数年前の高校2年の秋だった。新幹線は当時まだ無く、「奥入瀬渓谷」から観光バスでひたすら南下し、寒さに震えながらみどり色の御釜を奇跡的に30秒ほど見ることができたのだった。

その後、一昨年の3月に今回とは別のペンションの売却相談のあとに訪れたのが2度目。このときはエコーラインがまだ冬季のため開通しておらずスキー場のところで引き返してきた。そして今回が3度目ということになった。

▲田園の先にある蔵王連山は黒い雲に覆われていた。

そのペンションのオーナーいわく、「エコーラインは積雪のため今日は通行止めよ。残念だったわね!」道路看板では「11月5日から封鎖」と案内が出ていた。もしかしたら、善良なる市民のために特別に開いているのではないか。まだ紅葉も始まったばかりだし、雪なんか積もるハズがない。そんな淡い期待を胸にわたしの四駆はヘアピンカーブをひたすら登る。

スキー場の先のゲートは閉まってはいなかった。どうだ、と内心ほくそ笑む。わたしのほかにも上がって来る車は多い。勇気をもらうようにわたしもさらに高みを目指す。するとどうだ。路肩には雪が積もり始めているではないか。

▲エコーライン入り口の大鳥居。

気温はまたたく間に2度まで下がった。氷点下までもわずかだ。キツいカーブを過ぎ、蔵王寺の先にはトイレ休憩できる駐車場があった。ゲートはここで閉ざされていた。

残念ながら今回はここまで。しかしながら、次々に登ってくる車が後をたたない。駐車場内にも積雪がある。午後になればさらに気温は低下する。ちょうどいまが潮時なのだ。

▲またしても御釜の展望台を前にしてU ターン。

それにしても多くの人が「行けるところまで行ってみたい!」という心理や気分はとても分かる気がした。これまで緊急事態で押さえつけられていた日常からいっきょに枷が外れたように、、、人々の情熱がそれこそ堰を切ったように溢れ出してきているのである。

「八ヶ岳」でも清里の先にJR最高地点という場所(標高1375メートル)があり、昔から根強い人気の観光スポットとなっている。そこに建つログハウスでボリューム満点の「そば定食」を出す飲食店がすごい。店の名前は「最高地点」。満月よりもその前の14番目の月が良いという歌もあるが、「ココがサイコー。最高地点に行ってきたよ!」というのは結構な土産話になるそうだ。

蔵王でゲートの前で雪だるまを作ったよ、というのは良い話のようにわたしには思えるし、なにほどか共感もしたのである。この蔵王物件の話は12月25日に放送される予定です。(宮城・岩手・秋田担当 中村健二)

▲バイクで来ていたカップルは可愛いサイズの雪だるまをこしらえてくれた。

 

(文化放送「大人ファンクラブ」毎週土曜日06: 25 より。中村の放送回は毎月第4週目)

東京◆本部/早いもので1年が経とうとしています。【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2021年12月16日

ふるさと情報館で仕事をするようになってから早いもので1年が経とうとしています。

1年間働いていて思ったのが、

「私、営業の人たちより
     地元(山梨)のこと全然知ってない!」

という悔しい気持ちでした。

甲州市で生まれ育ち、小中学校は自宅近くの学校、高校は北杜市の学校へ通っていたので、移動範囲は中央線沿線の地域ぐらいで、身延など「峡南地方」に足を踏み入れた事がないかもしれません。

更に、山梨県民なのに信玄公祭りに行ったことないし、昇仙峡も武田神社も行ったことがなく(勿論、富士山に登ったこともありません)、自慢できることと言えば、小学校の生活科の授業で「ワイン工場」に見学に行ったことくらい・・・。

「今まで何をしていたのか?」と後悔の念が沸々と。

そんな中、姪っ子の七五三に参加すべく、初めて「武田神社」にお参りに行ってきました。これを機に、自宅の周辺から県内を探索したいと思います。(本部 大野 美紗子)

福島◆南会津/軒先の「雪庇(せっぴ)」をご存知でしょうか?【地域深堀り・のぞむ歴史紀行】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2021年12月12日

一言で雪国と言っても地域によって事情が異なります。北海道の弟子屈町周辺は氷点下20℃程度まで気温が下がり、雪質はパウダースノー。風が吹けば雪も舞い、何mも積もる事はありません。

しかしながら南会津町は氷点下7℃程度と北海道よりは気温が下がらず雪は屋根に積もります。屋根に積もった雪は自らの重みで圧雪され、徐々に軒先からせり出します。その塊が「雪庇(せっぴ)」です。

定住している家は暖房の熱で自然落下することもありますが、短時間で大量に降ると雪庇が大きくなり、窓ガラスを割る事もあります。気が付いた直ぐに棒やスコップで突いて落とせば問題ありませんが、寒いとついつい後回しになることも・・・。最近は落下防止のパネルや、軒先にヒーターを設置して雪庇対策を出来る商品も多く出ています。別荘で冬場は利用しない場合には雪囲いで対策をするのも有効ですね。(本部 長内 望)

山梨◆甲斐・遠州/駿州往還から東海道へ【来てくれんけ甲斐路!所長ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 代表取締役・中村健二

2021年12月8日

▲金谷の市街地を望む高台。その先、大井川がゆったりと流れ、今では橋が何本も架かっている。

「街道筋」といえば、わたしにとってなじみ深いのは静岡県浜名湖北岸の通称「姫街道(ひめかいどう)」だ。浜名湖の南側を通る「東海道」が本筋ならば、こちらの山側にある「姫街道」は脇筋であり横道である。「本坂通り」というのが正式名称で、一説には江戸後期篤姫様が通ったことで「姫街道」と呼ばれることとなったともいう。

この街道はわたしの生家の横を通っていて、いまではみかん畑の先の東名高速道路でみごとに分断されているのだが、吉田(愛知県豊橋市)と見附(静岡県磐田市)で東海道に合流している。ちなみにこの街道の関所は井伊直虎の時代に堀川城のあった入り江の北東側の気賀(きが)にあるのだが、陸奥の伊達藩が築き、芭蕉たちが大変な難儀をした尿前(しとまえ)の関とは様相がだいぶ異なっている。視界が開けはるか先まで見渡せるのだ。いまはそこに静岡県警細江警察署があり、スピード違反車両に眼を光らせている。

▲東海道金谷宿の石畳。

江戸時代に難儀したといえば東海道の大井川だ。橋を架けない川の西岸、川越し場が金谷(かなや)である。現在の大井川鐵道始発駅でその西側には金谷宿本陣跡や石畳が残り、往時の面影を色濃く伝える場所となっている。金谷宿は東海道五十三次の第24番目の宿場なのだ。その先は河岸段丘が続き、そこを登り切るといっきょに視界が開けた場所に出る。とてつもなく広い台地なのだ。そこにはなんと戦国時代に武田信玄亡き後、勝頼の命で築かれた「諏訪原城跡」がある。曲輪跡と丸馬出しがきれいな形でいまも残り、国指定の史跡となっているのだ。名前は勝頼が諏訪大明神を祀ったことに由来している。

その2年後に高天神城(たかてんじんじょう・掛川市)を攻略するための城として家康が攻め落とし、その名を「牧野原城」に改めた。この台地がある牧之原はいまでは全国有数の茶の産地として知られる。

▲諏訪原城跡の丸馬出し。

いちめんの茶畑のその上を着陸態勢に入った航空機が飛んで行った。「富士山静岡空港」である。富士山ブランドで国内はもとより中国大陸や韓国へも定期路線が就航している。9月の終わりまでは人の移動が制限され空港内はまばらで閑散としていた。売店や食べ物屋、案内スタッフも手持ち無沙汰の様子。やがては活気が戻ることを念じながら、いまを何とかやり過ごす踏ん張りどころだ。

▲富士山静岡空港は広大な丘陵地帯にあるが人影もまばら。

空港から旧国道1号線、そして静清バイパスを「清水港」へ。途中、丸子インターを通り過ぎた。この近くには同級生が嫁いだ料亭があって、推しも押されぬ女将として腕を奮っているという。見事な庭園が人気で、そこで四季折々の表情を愛でることができる。しかしながらこの一年あまり個人客はあるものの数十人が入れるお座敷は厳しい状態だと、7月のオンラインでは言っていた。

「駿河湾フェリー」の発着場はワクチン接種会場になっており警備が厳しかったが、「中部横断道の開通で山梨から取材に来ました」というと割りとすんなり通してくれた。フェリーは出たばかりで(どこまで行くのだろう)、職員も閉門を始めていた。わたしの姿を見るなり「早くしてよね!」と言わんばかりに急き立てるのだ。「(清水)東高のOB で大榎(おおえのき)と同じクラスだった」とでも言えばよかったかも知れない・・・。

中部横断道の開通により、海なし、空港なしの山梨県は念願の両者(港と空港)を活用できるメドがついたという。富士山観光や果樹の販路拡大、化粧品工場の稼働など、地元のシンクタンクはその経済効果を年間135億円と皮算用をはじく。是非とも実現させてほしいと思うが、今様「魚尻線(うおじりせん)」として新鮮な県産果樹や勝沼ワインなどが静岡からアジアへそして世界に少しでも広まっていければ良いと願ってもいる。

そして、ちょっと足を伸ばして古民家の人気スポット「葛城北丸(かつらぎきたのまる)」(袋井市)でゆっくり食事することも視野に入れたいところだ。(八ヶ岳事務所 中村健二)

▲井伊家の菩提寺「龍潭寺(りょうたんじ)」は浜松市北区引佐町にあるが、この写真は滋賀県彦根市の「龍潭寺」。

群馬◆黒保根町/くろほのねろの、くずはがた・・・【桐生くろほね・花咲爺日誌】

この記事の投稿者: 群馬・黒保根案内人/小林 峯司

2021年12月4日

群馬県勢多郡黒保根村は平成17年の市町村合併により桐生市黒保根町となりました。旧黒保根村は赤城山の東麓に位置し、桐生市と日光市(かつての足尾町も日光市と合併)を繋ぐ、わたらせ渓谷鉄道の沿線にあり、明治22年に「上(かみ)つ毛野(けの)、久路保(くろほ)の嶺(ね)ろの葛葉(くずは) がた愛(かな)しけ児らにいや離(ざか)り来も・・・」万葉の和歌、赤城山の「くろほのねろ」から地名が誕生しました。

また、この地は明治の初期に群馬で水沼製糸所を創業し、政界でも活躍した星野長太郎氏が、弟の新井領一郎氏とともに米国に製糸を直輸出するなど、国家レベルの養蚕業の振興に尽くした功績や、明治6年に群馬県第二番学校といわれる「水沼学校」を設立した業績が、今でも称えられています。

老若男女が暮らす歴史の街、古都桐生市・万葉の里、黒保根町に一度お出かけしてみませんか、お待ちしております。(黒保根案内人 小林 峯司)

山梨◆八ヶ岳/寒冷の候、12月のお知らせ【八ヶ岳南麓・たかねの里だより】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2021年12月1日

八ヶ岳はすっかり真冬の様相です。今年は10月の中旬からグッと気温が下がり、秋が無くていきなり冬になったような気候でした。とは言え、別荘の水抜きが必要になるような本格的な寒さは11月の下旬から。12月は連日の最低気温はマイナスを記録し続け、最高気温も10度をしたまわる状況となります。

日陰は路面の凍結に注意が必要で、市内に住む方は冬タイヤに履き替えています。空気が澄みわたり、雪化粧をした山がクッキリと存在感を増し、暖かい日差しを感じながらドライブが楽しい季節なのですが、路面状況にはくれぐれもお気をつけください。冬の八ヶ岳南麓は移住者には大変人気が高い季節です。北杜市は冬の寒さが大変厳しいところです。それなのになぜ、移住者には人気の季節なのでしょうか。

まず、八ヶ岳南麓の冬の魅力は、前述したように「空気が澄み渡ることによる山の眺望の見事さ」があると思います。そして夜には「満天の星空」が広がります。夜の屋外は泣きそうになるくらい寒いですけど、やはり一番きれいに星が輝くのは冬でしょう。

※写真はイメージです。

人の数がぐっと減る季節でもあります。観光客が多いのは春から夏、そして秋の紅葉シーズンには再びピークとなります。紅葉も終わったこの時期は一気に観光客の数が減り、結果として静かで落ち着いた雰囲気になります。ペンションや飲食店等、観光客向けにご商売をする場合は冬の営業をどうしていくのかが大きな課題とお聞きしたことがありますが、定住している者からすると、人の気配がないことに魅力を感じるから不思議なものです。

次に、冬の北杜市の冬の過ごし方では「薪ストーブ」の存在がとても大きいと思います。八ヶ岳事務所で扱っている物件の4軒に1軒くらいの割合で「薪ストーブ」が付いています。新築を建てられる方は、かなりの割合で薪ストーブを設置されています。そして何より感じるのが、使っている方の満足度の高さです。薪ストーブについてお話をお聞きすると、薪の仕入れ方から、薪棚を作った時の話し、薪の割り方、着火のコツ、炎を見ながら過ごす冬の暖かさなど、どんな人でも皆さん饒舌に語りだすから面白いものです。

「薪への着火方法」だけをとっても話に花が咲き、新聞紙派、着実な着火剤派、果ては強引なガスバーナー派など、そこへ至る遍歴など話は尽きません。地域によっては煙の臭いが洗濯物についたり、煙臭さがトラブルになったりとあるようですが、この北杜市では薪ストーブという暖房が地域に根付いています。冬には薪ストーブを楽しめる。これも冬が人気の大きな理由となりそうです。高根町清里にある清泉寮というホテルは、「暖炉の宿」と呼ばれるほど、ロビーやホール等館内各所に暖炉が設置してあるとのこと。薪ストーブ付きのお部屋もあるそうで、その魅力を体験されてはいかがでしょうか。

冬場には北杜市の近隣でスキー場もオープンします。スキーは激しいスポーツと思っていましたが、還暦、さらには古希を越えてスキーを楽しむ方を見かけます。正直びっくりしたのですが、スキーは生涯スポーツ、シニア割引もあり、元気なシニアがスキー場をにぎわしているそうです。 北杜市の冬の過ごし方は人それぞれですが、それぞれが冬の生活を楽しんでいるから人気の季節となるのでしょう。(八ヶ岳事務所 大久保武文)