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静岡◆三ヶ日/数々の伝説と子供たち【所長中村・ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所・中村健二

2017年3月3日

中村龍潭寺
浜松市北区三ヶ日町の冬はミカンの出荷に追われる。エースの青島種は品のある甘さが人気で、首都圏などに年明けから集荷されている。この町の一大産業はこの時期活況を呈している。

 

わたしが子供の頃はこの町にいろいろな伝説があった。「三度巻き」と言われる場所には「ダイダラボッチ」の巨大な足跡があったり、平安時代の遺構を残す「瓦塔」が里山の中腹にあったり、能面を祀る「八幡神社」では小学生女子児童が「浦安の舞」を奉納したり、現在の三ヶ日スカイラインには「白蛇神様の祠」があったり、コウモリの生息する「マンガン鉱の洞穴」があったりと、子供達の好奇心と想像力をなにかと刺激する「地域資源」の宝庫であった。

 

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当時、悪ガキメンバーの一員であったわたしも興味津々おそるおそるそうした「施設」に出向き、大将を任ずる年かさのリーダーの旗本よろしく付いて行くのであった。 ある村の行政区は新田(しんでん)、中町(なかちょう)、下(しも)に区分けされ、さらにそれぞれが10班に分かれ、班を取り仕切るのは一門の長(おさ)がなるのが習わしだった。

 

その地で育つ子供たちはやがて、「村祭り」→「青年団」→「消防団」→「公民館館長」として「出世」して行く。それほど地区分団に属する村の子供たちが多かったとも言える。(八ヶ岳事務所 中村 健二)

 

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天浜線の三ヶ日駅は昭和11年築、登録有形文化財に指定されている。

静岡◆三ヶ日/浜松市内の某高校を出て【所長中村・ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所・中村健二

2017年2月18日

すわたしの通っていた浜松市内の某高校は1学年時の退学者が1割を超えるという(いまは知りませんが)、すさんだところでした。

徳川ゆかりの地名があちこちに残り、三ヶ日というミカンしかない僻地から一人で通う16歳の少年にとっては、ここがかつては歴史の表舞台になっていたということを、大人の階段を一歩ずつ登るにつれ、薄ぼんやりとうかがい知ることとなります。

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技術を生かした製造業中心の地場産業。東海地方の産業の重要拠点である浜松市は、高校や大学で他県等へ進学した学生が卒業後、地元の企業に就職するU ターン者が多いというところも特徴的です。

 

そうした意味で、他の自治体には羨ましい限りですが、北遠地域と呼ばれ、杉の美林地帯の「天竜区(旧天竜市)」や農村地帯の「北区」では人口減少が目立っています。当然高齢化による空き家が増えているとのこと。

 

一方、こうした地域に都会の若者が関心を持ち、移住する人が増えてきています(静岡県の移住担当者による)。中区中心部へも車で1時間程度の立地条件や、年間を通じて温暖である気象条件をかんがみて、自ら移住相談員になる青年層が、お年寄りたちと協力して地域を盛り上げているという話は、わたしの同級生の口からも語られました。

静岡県人であるわたしも、遠くから応援しているよ!杉本くん。

(八ヶ岳事務所 中村 健二)

中村龍潭寺
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新浜松市概要(浜松市HP)
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/shiminkyodo/kaigi/chiikikyougikai/ground/index.html