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岩手◆奥州市/遠き山に日は落ちて【いくぞ!北東北・所長ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所・中村健二

2020年11月9日

▲伸びやかな風県の種山ヶ原。

種山ヶ原(たねやまがはら)の作詞家・賢治十代の頃、林間学校で愛知県の山奥に行った。到着するやいなや十六歳の少年たちはステンレス製の洗面台の蛇口から勢いよくほとばしる山の水を手や顔に受けると「ばか冷たいにぃー」(遠州弁では「ばか」は共感を伴う強調の接頭語)とあちこちで歓声をあげたのだった。そして夕暮れとともに体育教師が「とおきぃやぁまにーひぃはおちてぇー」と戦慄をおぼえる旋律でがなり立てる。

遠い昔の平和な時代だったのだろう。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でことのほか印象深いのが、ジョバンニたちの銀河鉄道に乗りあわせてきた姉弟が「新世界交響楽だわ」とそっとつぶやくシーン。漆黒の地平線のかなたからそれは鳴り響き、矢羽を立てて汽車を追いかけてくる先住民(インディアン)の姿。この壮大な風景の下地は賢治が憧れ続けたアメリカ大陸だといわれる。

「新世界交響楽」は、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」で1893(明治26)年に作曲された。その後1922(大正11)年に弟子の音楽家が第2楽章「ラルゴ」の主題となる旋律から「Goin’Home」(家路)を作詞、日本では1946(昭和21)年に堀内敬三氏(慶応の応援歌「若き血」や「蒲田行進曲」などを作詞)が「遠き山に日は落ちて」を作詞している。いまもなお夏の夕暮れが似合う歌詞だ。

鳥取県の文化政策課ではこの歌詞を「鳥取県西部の童謡・唱歌百景」の中にリストアップしており、旧中山町(現在の西伯郡大山町(さいはくぐんだいせんちょう))にある一息坂峠(ひといきさかとうげ)を紹介している。遠き山とは大山か。

▲又三郎が風を呼んでいるかのようだ。

北上山地のひとつである通称「物見山(ものみさん)」(標高871m)を山頂とした種山ヶ原(たねやまがはら)は、本誌7月号のふるさと発でみちのく岩手事務所の佐々木が書いたように、奥州市、住田町(すみたちょう)、遠野市にまたがる高山植物と星空観察で知られた高原地帯である。初秋の乾いた風は高原を北から南へ吹き流し、季節が深まればより強く吹き付ける場所でもある。

賢治の『風の又三郎』のモチーフにもなった花巻の子らが元気よく遊ぶ風景にも重なる。賢治はこの場所の名を取り「種山ヶ原」という題名で「新世界より」の旋律に歌詞をつけて歌っていたという。本家「Goin’Home」が世に出たわずか2年後の、関東大震災の翌年1924(大正13)年のこと。賢治は無類のクラシックマニアでもあったのだ。

しかしながらこの時期花巻においてレコード(青盤)と蓄音機を入手できるのは相当な家業の隆盛があってこそだともいえる。※動画共有サービスで視聴可。賢治の歌詞は次のとおり。

“春はまだきの朱雲(あけぐも)をアルペン農(のう)の汗(あせ)に燃縄(もしなわ)と菩提樹皮にうちよそひ風とひかりにちかいせり 四月は風のかぐはしく雲かげ原を超えくれば雪融けの草をわたる繞めぐる八谷(やたに)に霹靂(へきれき)のいしぶみしげきおのづから種山ヶ原に燃ゆる火のなかばは  雲に鎖とざさる 四月は風のかぐはしく雲かげ原を超えくれば雪融けの草をわたる ”(ちくま書房『宮沢賢治全集』第3巻より)
*ルビは中村。

んー、歌の歌詞では堀内氏の方が断然いいですね。現在、この種山ヶ原は賢治ゆかりの景勝地「イーハトーブの風景地」として国の名勝地に指定されている。(北東北担当 中村健二)

▲刈田に一群の蓑笠があらわる(奥州市江刺梁川。2019年10月撮影)

岩手◆遠野/いわてtsunamiメモリアル【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2020年5月24日

▲復興記念公園の様子。

当事務所から大船渡市や気仙沼市の物件案内に行く時に通る陸前高田市松原地区は、9年前の3・11東日本大震災の被害を受けて、風光明媚だった松原海岸と高田市街は一瞬にして大津波にのみ込まれました。

海岸地区の中で唯一残った「奇跡の一本松」は、当時の関係者が何とかして生き残らせようとしてあらゆる手当をしましたが、残念ながら塩害で立ち往生してしまったのです。そこで、この一本松をモニュメントとして残そうと取り組み、現在は加工処理して悠々とその場に建っています。

この度、津波被害の大きかった岩手・宮城・福島の3県に国と地方公共団体が連携して復興記念公園を整備し、国営追悼・記念施設が設置されました。その一つが、「高田松原津波復興記念公園」として完成して、そこに「震災伝承施設」と「道の駅・高田松原」が入っています。

震災伝承施設には、津波の破壊力を示す展示物やガイダンスシアター等で教訓を学べる他、公園内には現在、松原を復元しようと松苗木の植栽事業が継続されています。岩手の沿岸を訪れる際は、是非お寄り頂きたいと思います。(みちのく岩手事務所 佐々木泰文)

▲道の駅・高田松原のエントランス。

岩手◆遠野/母なる清流・猿ヶ石川のめぐみ【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2020年2月19日

▲延長73km の猿ヶ石川。(岩手県遠野市)

「ハヤチネウスユキソウ」などの高山植物で有名な「早池峰山麓」から端を発する「猿ケ石川(さるがいしがわ)」。「遠野市附馬牛町」の「大野平集落」を上流域とし流れ下る清流部では、ヤマメ、イワナの宝庫として全国から渓流釣ファンが押し寄せるところです。夏になると田園風景の平野部を流れる中流域で鮎の友釣りの風景が長閑さを感じさせてくれます。

その流れは「旧宮守町」を経由して、「花巻市東和町」の「田瀬地区」を通り、「花巻市似内」の「落合地区」で北上川に合流するのです。この「田瀬集落」に北上川五大ダム計画の一つとして建設された「田瀬ダム」があり、それによって形成された人造湖の「田瀬湖」が悠々とした流れを見せています。

▲田瀬湖高さ81.5m の重力式コンクリダム。(岩手県花巻市)

ダムの形態は洪水時の「水量調整」、「灌漑施設」、「電力発電」と多目的な機能を保持しているのですが、地域としては、湖畔を利用した「ヨットハーバー」、「釣公園」、「野外活動施設」、「大きな吊り橋」、「ワカサギ釣り」や「ルアーのバス釣り」、湖畔には別荘風建物など、のどかな農村風景と異質な雰囲気を醸し出しています。

今月号(『月刊ふるさとネットワーク』2月号)に早池峰山に魅せられて十数年に渡り自然公園保護管理人として務め、引退した方が居住用に「大野平集落」に建てられた住宅と、先月号に御案内したアトリエと住居として利用された「田瀬湖畔」の住宅がありますので、是非、御訪問頂ければと思います。(みちのく岩手事務所 佐々木泰文)

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岩手◆遠野/不思議な「違う力」が湧いてきまして【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2019年7月4日

北国の遅い春も、いよいよ本番が来て、待ちに待った農作業の時期がやってきました。以前は3haを超える水田と畑を作付けし、兼業サラリーマンでしたので、朝晩と休日の作業で、早い時は早朝四時起床、夜八時までの外作業、その合間に通勤、勤務と、今から考えると、途方もなくタフでスタミナがあったものと感心します。

現在は家族が食べられるくらいの水田と家庭菜園ですが、還暦を過ぎた体力には、これでも大変な位です。この間、2歳になったばかりの初孫が、田植えの手伝いと称して、娘と里帰りしてしばらく居たのですが、孫の仕種を見ていると、不思議な「違う力」が湧いてくるのです。

この孫が二十歳になるまでは、元気で居なければとの思いと、まだまだ現役で頑張るぞと思えてきます。孫の元気をもらって、益々頑張りたいと思います。
(みちのく岩手事務所 佐々木 泰文)

岩手◆遠野/全国どぶろくコンテストが開催されまして【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2019年4月15日


先頃、第13回どぶろく研究大会が8年ぶりに遠野市で開催されて、18都道府県の85銘柄が集結して、事例発表やコンテストが行われました。今回のコンテストでは最優秀賞に、さっぱりとした「淡麗」の部で、遠野の第一人者で農家民泊「MILKInn江川」の「開花」が、また濃厚でコクがある「濃芳醇」の部では、新潟県阿賀町の「どぶろく金よし」の「稲穂の香」が選ばれました。

そもそも、小泉首相時代に国の規制緩和策の一環として国の「どぶろく特区」認定制度が始まりで、今や遠野に限らず全国で地域活性化に繋がる取り組みが展開されています。遠野では、農家民宿や町内の旅館・民宿のほか、各道の駅で個性的な「どぶろく」が造られていて、梯子で飲み比べも楽しめます。

とくに、先述の「MILKInn江川」は、遠野市内から車で40分程の早池峰山麓にある牧場と茸を始めとする山の幸やイワナ、ヤマメ、更には狩猟まで幅広く営んでいるので、大自然の御馳走と合せて頂く「どぶろく」は最高です。そのほか、「水光園」「風の丘」等々でも、昼食を兼ねて頂けるところが沢山あるので、遠野にお越しの際は、宿泊先で飲むか、ハンドルキーパー付きでお願いします。(みちのく岩手事務所 佐々木 泰文)

岩手◆遠野/ドングリころころ!でございまして【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2018年10月16日

漫画みたいな出来事が起きてしまいました。

自宅の裏山の牧草地では大型トラクターによる乾燥牧草の収穫が最盛期を迎えております。現在は乾燥牧草を500㎏位のロール状に巻き取って収穫するのですが、作業中に操作を誤って、その一つが斜面を「ドングリころころドンブリコ」と転がりだし、100mも転げ落ちて、トラクターの入れない狭い小川に填はまって、下流の水田への用水を止めてしまったから、さあ大変!

トラクターで遠くからワイヤーで引き上げようとしても500㎏もの重さの丸いロールがズポッとはまったのですから、ワイヤーの掛けようがないのです。

天気予報では夕方から大雨とのことなので、乾燥牧草を濡らすわけにもいかず!下流の田んぼへの水も止めるわけにもいかず!一刻の猶予もない状態で途方に暮れていた時です。農作業もした事の無い息子と、お盆に帰省中の娘が、「ロールの撤去は人の手でやるしかないじゃないの!」と言って手伝いを買って出てくれたのです。

30度を超える炎天下の中、親子三人で暑さにクラクラになりながら約2時間でロールを解体し一輪車で何度も何度も運搬して、雨が降る前に撤去を終えたのでした。お蔭様で十数年ぶりに親子の力が結集した成果でした。(みちのく岩手事務所 佐々木 泰文)

岩手◆遠野市/鉄道フェスタ!遠野で開催がありまして【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2017年3月10日

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去る1月21日~22日に遠野市民センター中ホールで「鉄道フェスタ2017in遠野」が開催されて、大勢の鉄道ファンからチビッ子達でにぎわいました。

ホール内では鉄道模型の大きなコースが設置されて、新幹線からローカル線と貨物列車まで多様な車両がプラットホームから遮断機開閉式の踏切、トンネル、整備工場内等々、、、整然と走行する模型車両に魅せられるのは子供達だけではありません。青年から初老の鉄道オタクまで目を輝かせておられました。

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旧国鉄OBと思われるご年配の方が、国鉄の制服やランタン、警笛等を前にして嬉しそうに来訪者に説明している様子は、自分の小学生時代、蒸気機関車が通常の乗り物だった懐かしい時代を思い起こさせてくれました。JR 釜石線は単線で、花巻駅から遠野駅を含めて22駅を経由して、釜石駅までおおよそ2時間かけて結んでいます。途中には宮澤賢治が銀河鉄道を創造した「宮守町のめがね橋」や渓谷を55m高で渡る「陸中大橋の鬼ヶ沢橋梁」、そして「遠野盆地の田園風景」等々、田舎を満喫できるローカル線です。
お時間がありましたら、ぜひご乗車ください。 毎年4月~8月には、撮り鉄マニア待望のSL銀河(蒸気機関車)も運行しますので、お楽しみにしてください。   (みちのく岩手事務所・佐々木泰文)

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※発着時刻については異なる場合がありますので乗車予定の際はご自身で確認下さい。
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※SL銀河は全席指定!詳しくは下記サイトで

(乗っちゃ王国~北東北)
http://www.jr-morioka.com/noccha/train/slginga/

岩手◆遠野市/日本代表を育んだ空気と山河を宝として【地域担当・日々の業務より】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2017年2月16日

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岩手の遠野市と言えば、柳田国男氏の遠野物語に代表される民話の宝庫。昔と変らない佇まいが広がるのどかな農村ですが、市を代表するスポーツである遠野高校のサッカーは、全国高校選手権に4年連続26度目出場の実績です。

 

今年は3回戦の前橋育英戦で0‐1と惜敗しました。自分の母校でもあり、中学の部活動ではサッカー部に所属していたので毎年応援に駆けつけています。

 

今でこそサッカーは、Jリ―グを始め、オリンピック、ワールドカップと野球にも劣らない日本の超人気スポーツの一つになっていますが、当時は野球はもちろん、全国9連覇の新日鉄ラグビーが人気でした。

 

時代は変わるもので、今の岩手から日本ハムファイターズの大谷翔平選手、西武の菊池雄星選手、サッカーでは鹿島の不動のキャプテン小笠原満男選手など日本を代表する選手が続々と現れています。

 

こののどかな東北・岩手から日本を代表し、世界に羽ばたく選手が出てくる時代です。昔ながらの澄んだ空気と緑の山河、そして温かい人々の繋がりを地域の宝として大切にしていきたいと思っています。 どうぞ一度は岩手・遠野にお越し頂き、ゆっくりとした時間の中で、大きく深呼吸して頂きたいと思います。お待ちしております。(みちのく岩手事務所 佐々木 泰文)