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岩手◆遠野/賢治の銀河鉄道が見られます【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2020年11月30日

▲恋人の聖地でもある「眼鏡橋」。

遠野市宮守町は、今から約950前の「前九年の役」による蝦夷の長「安倍貞任(あべのさだとう)」率いる安倍一族と鎮守府将軍「源義家」が奥州の覇権を掛けて戦った歴史は、日本史にも記されているところです。

この戦に敗れた貞任は一族が治めていた宮守町の舘に逃げのびて一時隠れていたとの逸話が、この地帯には多く語られています。源義家の命により、戦勝を祈願して砥と森山(もりやま)の山頂に宮を建てたのが宮守町の名の始まりとの説もあるところです。

近代に至っては、詩人で童話作家の宮沢賢治が、この町の国道283号線に架かる眼鏡橋を黒い煙を上げて蒸気機関車が渡るのを下から見上げた姿は、まさしく空に向かって進んでいく銀河鉄道を思わせたのでしょう。

現在はこの橋の下には、宮守町の産直「MM1」と、宮守川の岸辺を活用した公園が整備されて、眼鏡橋を前にカップルが二人で写真を撮れる処を「恋人達の聖地」と称し、通常の年であれば、野外コンサートや橋のライトアップを背景にしたイベント等で賑わいます。

この眼鏡橋の近くにも、当事務所の物件が有りますので、是非、お寄り願いたいものです。(みちのく岩手事務所 佐々木泰文)

▲周辺は親水公園にもなっている。

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岩手◆花巻市/物件探しの旅 ~ 早池峰の賦 ~【行くぞ北東北!所長ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所・中村健二

2020年3月27日

映画評論家の蓮實重彦(はすみしげひこ)氏の授業を受けたのは、今から40年ほど前のことだ。当時通っていた学校で「ジャズ研」に籍を置く知人から紹介され、履修した。

そこでは蓮實先生が非常勤講師として「映画表現論」を担当しておられた。いまとは異なり、痩せ面でアゴ髭を伸ばした風貌はどこかストイック、そして草刈正雄並みの長身で教室に背をかがめるようにして入ってきたことをなぜかいまも鮮明に記憶している。


先生はのっけから、いま観るべき映画として挙げたのが、高野悦子氏が主宰する神田神保町の岩波ホールで上映していた「名作映画上映運動エキプ・ド・シネマ」だ。国内外を問わず秀作を集め上映する高野さんのバイタリティに、時間だけを持て余す我々学生は圧倒され続けてしまった。

「家族の肖像」、「木靴の樹」、「旅芸人の記録」、「ブリキの太鼓」などの大作を狭い空間で前の人の頭を気にしながら観続けるという至高の時を過ごすことができたのは、学生時代の数少ない心暖まる出来事ともいえた。

▲「早池峰の賦」の映画パンフレット。羽田澄子監督作品。1982年。上映時間は3時間5分

ある年、日本の東北地方で連綿と行われてきた神楽のドキュメンタリー映画がその岩波ホールで上映された。「早池峰の賦(はやちねのふ)」という。

場所は岩手県花巻市大迫町(おおはさままち)。上質な葉巻用の南部葉が唯一の地場産業の山村で早池峰神社へ奉納するふたつの舞が行われる。岳神楽(たけかぐら)と大償神楽(おおつぐないかぐら)を演ずるふたつの村の人々だ。

真剣を振りかざす迫真の形相は観る者を圧倒しつつ、一方で坂道を通勤通学するのどかな人々の日常を、早池峰山の厳しくも暖かい四季を背景に天からの贈り物のごとく描いた渾身の秀作だった。

早池峰山は北上山地の最高峰で(標高1917m)、日本百名山のひとつ。古くから信仰の山として知られており、その頂上は遠野市、宮古市、花巻市の境界となっている。遠野地方の附馬牛町の山掛けルートでは沿道の曲がり家で参詣者に対してお茶出しなどのお接待も広く行われてきたという。

そして令和2年の本年も、大迫町では伝統的な神楽が毎月第二日曜日に花巻市大迫交流活性化センター(早池峰ホール)にて行われている、と。そのポスターをヨーグルトのおいしい産直センターで目にした。

▲産直センターに貼られたポスター。

そのときこそが、わたし自身40年の時を経て「ハヤチネ」という頭の片隅にあった名前が突如として顕在化した瞬間でもあった。なんと、こういう再会もあるのかと。

宮沢賢治が描く「風の又三郎」の小学校のモデルとなった火ノ又分教所のその先には「早池峰の賦」が今も確実に息づいているのだ。(北東北担当 中村健二)

▲盛岡より宮古へ向かう遠野街道大迫は古くからの宿場町であった。

岩手県花巻市大迫町

岩手◆遠野/芸術・文化の里・遠野に、おでんせ!【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2020年1月10日

当事務所のある「民話のふるさと・遠野市」には、昭和53年に設立された全国的にも珍しい公設のバレエスタジオがあり、昨年11月には42回目の発表会を行いました。

市民の舞台「遠野物語ファンタジー」は、遠野少年少女合唱隊とともに地域の芸術・文化活動を象徴するものの一つです。また、このスタジオで毎週開かれているレッスンには、地元だけではなく市外からも参加者が集まり、年齢も就学前のお子さんから社会人までお越しになられるということです。

クラシックバレエが日本に入ってからかれこれ100年以上の年月が経つそうですが、老若男女を問わずお稽古事として習う人は全国になんと約36万人もいらっしゃるといわれています。いまやわれわれ日本人にとって身近な芸術のひとつに数えられるまでに育ってきています。

40年以上も前に、東北の片田舎とでも呼べる「日本人の永遠のふるさと・遠野」に、全国的にもめずらしい公営のスタジオが開設されたのは、先人たちのたいへんなご苦労もあってこそ。そして公益財団法人スターダンサーズ・バレエ団の絶大なる御支援をいただくことができました。さらに現在、クラシックバレエと「遠野物語」を融合させた新しい日本のバレエを目指して活動しています。

「民話の伝承」、「遠野三山」、「牛馬」、「曲り屋」、「田園風景」、「しし踊り」を始めとする多くの郷土芸能、そして、遠野ファンタジーとバレエは、みごとに融和して郷土に根ざしています。どうぞ芸術・文化の里遠野に「おでんせ!」(みちのく岩手事務所 佐々木泰文)

岩手◆遠野/霊峰・早池峰山~森林鉄道を偲ぶ一本道【地域担当・出張旅ガラス】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2018年11月20日

先月無事、決済お引き渡しした「遠野市附馬牛町」の物件について少しお話ししたいと思います。

物件は霊峰・早池峰山(はやちねさん)の南麓に至る道路沿い、目の前を清流・猿ケ石川(さるがいしがわ)が流れています。本格的な渓流釣りが集まる、野趣に富む民宿が現地でしたが、なぜか敷地の中を「里道」が通っていて、ちょっと不思議な感じでした。

「里道」といっても道の境ははっきりせず、通行する人もおらず、どこへ抜けているのかもよくわからない。調べをすすめると実は、そこは森林鉄道の軌道でした。かつて早池峰山は自然林の宝庫で、ブナ、コナラ、アカマツ、ミズナラなどを輸送する鉄道がこの敷地内を通っていたようです。

確かに、売主さんの指さす方向をみると、線路のあとがはっきりと見えます。わずかながら枕木や石垣もちゃんと残っていました。森林鉄道は昭和40年代にはほとんどが姿を消したようですが、チェーンソーのなかった時代には、百年かかっても切り出せないといわれた森林資源がありました。また、交通機関のなかった時代には一般住民や登山者も便乗させていたようで、貴重な交通手段にもなっていたそうです。(本部 山中 準一)

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岩手◆遠野市/日出神社例大祭がありまして【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2017年8月15日


去る6月18日に、小生が宮司を務める日出神社の例大祭がありました。御祭神は「少彦名命(すくなびこなのみこと)」で、遠野南部藩から石段及び所領を拝領した旧上郷村の村社です。

地元の言い伝えでは、源義経公が平泉で兄頼朝の謀略により藤原泰衡勢に襲われた際に、秘かに平泉を脱け出した話は北行伝説となっていますが、その主従一行が住田町秋丸峠にさしかかった時に、義経公の娘の日出姫が病で無くなり、此の地に葬られたのを哀れんだ地元の者たちが、お社を建てて祀ったことに始まるとの説があります。

昔は例祭日には、参道近くの踏切に鉄道の臨時停車場が設けられて、盛大だったと諸先輩方から聞きますが、年々参拝者が減って来ていました。小生が宮司に就いてから4年目を迎えるのですが、此のままでは良くないと思い、一念発起して拝殿、社務所の修復と神社林を伐採して駐車場を拡張し、参道整備もしたところ、今年は芸能8団体と多くの参拝者が押し掛けて盛大な祭りとなりました。

神職になって17年ですが、総代や地元の関係者と一つ一つ地道に積み上げてきた努力が報われた感があります。 是非、遠野郷にお越しの際は、数々の神社と多様な郷土芸能、そして奇々怪々な昔話をお楽しみ下さい。
(みちのく岩手事務所 佐々木 泰文)