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秋田◆秋田/菅江真澄~その3~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2023年6月13日

▲菅江真澄の肖像画。

旅日記『雪(ゆき)の陸奥雪(みちおくゆき)の出羽路(いでわじ)』より(現代訳)

漁師たちが「鰰(はたはた)の網引きする」と言ってたくさんの小舟を漕ぎだした。

冬の漁師の世渡りは、蝦夷地のオットセイ狩と同じである。

岸辺の岩の上では男女が群がって立ち、魚群のいる場所を教える。この岩舘の浦では鰰が大変多く獲れ、八森神魚(はちもりはたはた)と呼んでいる。

▲左)ぶりこ漁。右)熊手、縄でつないだ「ぶりこ」、鰰の腹から絞り出して固めた「折敷ぶりこ」

漁期の終わりには、鰰が藻に産み付けた「ぶりこ」(卵)を柄の長短がある金熊手(かなくまで)のような道具でかき寄せて獲ったり、波に打ち上げられた浜の「ぶりこ」拾ったりする。

浦乙女が熊手のような漁具で荒磯の藻に付いた「ぶりこ」をかき寄せ、それを腰に付けた「こだす」(編籠)にとり入れている姿絵。

▲鰰 左)オス 右)メスと「ぶりこ」。

「八森はたはた男鹿ぶりこ」という諺(秋田音頭の歌詞にある)があり岩舘の浦は岩が多く、波にあてられた「ぶりこ」の半分は傷むが、男鹿の浦は藻が多く、「ぶりこ」は姿がよいので、このように言う。(つづく)(秋田駐在 片山保)

※「菅江真澄」シリーズ:『その1」、『その2』、『その4