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福島◆南会津町/コッコ達のその後【地域駐在スタッフ・福島「六十の手習い」だべ】 

この記事の投稿者: 福島・会津エリア案内人 / 馬場 和弘

2026年2月10日

▲我が家のコッコ達。

10月から鶏(会津地鶏)を11羽飼い始めていますがその第二段。(第一段はこちらから)

買い付けに行った時に、事務所のお姉さんから「あと10日ほどで産卵しますので」と言われ心待ちにしていたら、本当にその通りに!

初めての産卵は2個でしたが、その後は4個5個7個と増え、二ヶ月経った現在では8個〜9個ですかね。

事務所のお姉さんからは「会津地鶏は2〜3日に1個なので数は見込めませんからね!」 と聞いていたので、かなり嬉しい誤算で約三倍です。

でも、生き物を飼うのは大変で、我が家のニャンコ達と一緒で手がかかります。コッコ達はエサと水やりは2日に一度。糞やその他の清掃は毎日で朝と夕の2回は欠かせません。

12月になり心配事は「果たして南会津の厳しい寒さに耐えられるのか?」でしたが、ネットで検索すると鶏は寒さに強いそうです。答え簡単で、羽毛に包まれているからだそうです。なるほど(笑)逆に暑さにはイマイチらしいので夏は要注意です!!

さて、予想以上の産卵数に3人家族の我が家では食べ切れず、ご近所にお裾分けしたり宅配便で親戚に送ったりしています。

あと、3月頃から自家製のエサ作りにチャレンジしてみようかと思います。

米ぬか・おから・腐葉土(糸状菌があるもの)で発酵飼料が出来るとか!?なんか自然って凄い!!(福島エリア現地案内人 馬場和弘)

岩手◆遠野市/君はターザンか?【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/ 佐々木 泰文・佐々木 敬文 

2026年2月8日

▲まるで「ターザン」のように木を上る姿。見ているこっちがヒヤヒヤしてしまう。

あるお客様から『桜、楢、胡桃、欅等の樹木が大きくなって隣の宅地に枝がはみ出て来て、苦情が来るのではないかと思っている。伐採除去してくれる業者さんを紹介してほしい』とのご相談がありました。

場所見に行きましたら、住宅の建物にも届くくらいに横に伸びた胡桃の大木があります。高所作業車等も入れない難所でした。思い当たる業者に相談した処、見積もられた費用は予想外な高い金額です。

さてさて、如何したものかと悩んでいましたら、ある友人が住宅の近くにあった銀杏の木が年々大きくなって住宅の屋根に葉を落として屋根に滞積するで、集落内の知人に相談したら、一人で瞬く間に枝を落として伐採してくれたとの話だったので、彼を紹介してもらって胡桃の木伐採を依頼しました。

▲ターザンその2

伐採作業には二人で来て、彼は胡桃の木にスルスルと登って、小型のエンジン式チェンソーで上の方から枝を切り落として幹に戻ってきて胴木を切り、最後は株元を大きなチェンソーで伐採してくれました。

まるで、ターザンの様な軽業でしたので、何処でどの様にして技を習得したのかと尋ねたところ、彼は山奥で育ち、子供のころは分校で学んだので、遊ぶところは山しかなかったから木登りとかターザンごっこしかなかったので、木登りは得意技だとの事でした。

そんな彼に半額以下の費用で片付けてもらったので、ラッキーでした。(みちのく岩手事務所 佐々木泰文)

山梨◆八ヶ岳/立春の候、2月の八ヶ岳事務所【八ヶ岳南麓・たかねの里だより】 

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2026年2月5日

▲青空のした雪をかぶった南アルプス。(山梨県北杜市)

2月4日が暦の上では春が始まる日、立春となります。

一方で北杜市の2月は、まさに冬の真っただ中で、春の兆しはまだ少し先の話。日中の最高気温が5度を超えることは少なく、朝は氷点下5度を下回る冷え込みが続きます。

面白いもので、こうした寒い時期だからこそ魅力が増すものがあります。

代表的なものが温泉。北杜市は公共の温泉施設が大泉町と白州町に2軒ずつ、武川町、小淵沢町、明野町と須玉町にそれぞれ1軒あります。人口約4.5万人の市に公共温泉が8つもあるのは恵まれすぎではないでしょうか。

冬の寒い時期に入る温泉は、格別に気持ちが良いものです。ストーブやエアコンで部屋を暖めていても、体の芯は徐々に冷えていきます。温泉に入ると、その冷え切った体が芯まで温まっていくことに気付きます。そして体が緩むと、心まで緩んでいくのです。心のこわばりの原因は寒さ以外かもしれませんが(笑)、確実に体と心は繋がっていることを実感します。

体が喜ぶ。心がほっこりする。気持ちが良いとはこのことだと思います。

▲山梨の郷土料理「ほうとう」。小作では鉄鍋で提供される。

同様に、この時期に体が欲するのが「ほうとう」です。

ほうとうは、山梨県を代表する郷土料理で、平打ちの太い麺を、たくさんの具材と味噌で煮込んだ料理。山梨県は大部分が山であり、かつては米づくりに不向きな土地でした。その中で米の代わりに食べられたのが、小麦粉を使ったほうとうだったようです。

ほうとうの特徴のひとつは、麺の打ち粉を落とさずにそのまま鍋に入れ、麺の湯切りをしないこと。当時は水が貴重だったり、調理の手間を減らすといった、生活の知恵が料理に反映された結果のようです。

結果、麺の粉が溶けて、汁にとろみが出て、体が芯から温まります。まさに寒い冬にぴったりの食べ物。スーパーでは、うどん、蕎麦と同様にほうとうの麺が売られ、今でも山梨の家庭での日常食。

▲小作の清里高原店。入口横に「かぼちゃほうとう」の漢字。

そんなほうとうを気軽に食べられる飲食店が小作です。県内に何店舗かあり、北杜市の清里高原店によくお世話になります。

一人前にしては大きな鉄鍋に入って提供される熱々のほうとう。具の量に驚かされます。かぼちゃ、にんじん、白菜、じゃがいも、里芋、ネギ、椎茸、きゃらぶきにゴボウ。コシの弱い平打ち麺と、かぼちゃや芋のとろみ、ネギ、ゴボウのシャキシャキとした食感。これらが味噌のコクと塩味のスープで渾然一体となって、口の中に広がります。

途中から味変で、七味をかけると、更に味に深みがでてきます。気づけば体が温まり、汗をかき、上着を脱いでいる自分がいます。

素朴でありながらも深い味わい。寒さの厳しい北杜市の冬には、理屈抜きで体に染み入る料理。皆様も是非、体を温め、寒い冬を乗り切りましょう。(八ヶ岳事務所 大久保武文)

東京◆本部/十数年ぶり、世界史を学ぶ【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: 広報

2026年2月3日

▲世界史3点セット。

「私は全然世界を知らぬ!」をスローガンに、昨年12月より世界史の勉強をしています。大学入試では地理を選択していたため、高校1年生の時以来の世界史です。

最初は高校生用の問題集を購入し、半分解けたら良いな・・・と思い解き始めましたが、撃沈。古代文明編は「エジプト文明」と「ピラミッド」しか分かりませんでした。

これでは全然ダメだ!!ということで、私の時代にもあった青い表紙の教科書(最新版)と私の時代にはおそらくなかっただろう「世界史ノート」、ついでに資料集も購入。語句の穴埋めをメインに毎日数ページ進めています。

サッカー選手の名前や出身校はすぐ覚えられるのに、どうして世界史の人名や国の名前は一瞬で忘れてしまうのかねぇ・・・と呟きながら穴埋め作業を行い、勉強した箇所を夫に伝えることが毎晩のルーティンとなっています。

この文章を書いている1月上旬現在、フランスのルイ14世がでてきました。先はまだまだ長いです。(本部 大野 美紗子)

岩手県◆遠野市/未曾有の大災害を思う【みちのく岩手・日々の業務より】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/ 佐々木 泰文・佐々木 敬文 

2026年2月1日

▲3.11の教訓を忘れぬよう日々を生きる。

この頃、青森県沖の太平洋で頻繁に地震が起きて津波警報注意報が発令されています。思い起こされるのは14年前の未曽有の大地震と大津波の大災害です。

そのような中で、先日宮城県で津波により住宅を流失して岩手に移住された方から物件売却の御相談があり行ってきました。

その人のお話ですが、3・11当日、地震発生と同時に津波警報が発令されて、近所の方々と道路に出て何処に逃げるか大騒ぎしていましたが、ご本人は小さい頃にチリ地震津波を経験した記憶が蘇り近隣の方々は近くの建物の2、3階に避難したそうですが、自身は遠く高いところに逃げるものと記憶していたことから、近くに逃げようとする夫の手を引いて、向こうにある山まで走ったそうです。

それから間もなく大轟音と地鳴りを伴って真っ黒な山とも思える海の水が町全体を飲み込んでしまったそうです。

災害時には安易な気持ちが生死を分けるものだと痛感しました。(みちのく岩手事務所 佐々木 泰文)

山梨◆北杜市/甘辛、濃厚。「山梨の鳥もつ煮」【八ヶ岳スタッフ・日々の暮らしより】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所スタッフ

2026年1月29日

▲山梨名物「鳥のもつ煮」。

「鳥もつ煮」は、山梨県の名物料理、甲府周辺で昔から親しまれている郷土料理です。2010年には、ご当地グルメの祭典B‒1グランプリでグランプリを受賞しました。

「鳥もつ煮」は、戦後まもない昭和25年頃、甲府にある蕎麦屋の主人が、肉屋から「捨てられてしまう鳥のもつをどうにかできないか?」と相談されたのが始まりと言われています。

安くて美味しいものになるように試行錯誤し、醤油と砂糖でこってりと煮た「鳥もつ煮」が開発されたそうです。

「鳥もつ煮」は、鶏のレバー、ハツ、砂肝、キンカン(卵巣の未成熟卵)などのもつを使った甘辛い煮込み料理です。

甘辛い醤油ベースのタレで、短時間で照りが出るまで煮詰めるのが特徴。煮詰めることで、しっかりとした照りとコクが出ます。やや焦がし気味に仕上げるのがポイントです。レバー、ハツ、砂肝と、部位によって歯ごたえと味わいが違うのも「鳥もつ煮」の美味しさ。

▲スーパーで販売している「鳥もつ煮のタレ」

甘じょっぱい味付けで、お酒にも白いご飯にのせてもあうと、今では居酒屋や定食屋、蕎麦屋などで定番になっています。

また、「鳥もつ煮」のタレはスーバーでも販売されていますので、ぜひ味わってみてください。(八ヶ岳事務所 柳本朝子)

静岡◆下田市/下田市は自然も歴史もグルメも欲張りな町だ【本部スタッフ・地方出張余話】 

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2026年1月26日

▲青い海と白い砂の白浜の絶景。

先日、出張で下田市に行ってきました。

約10年前に仲間たちと海水浴に行った以来、美しい白浜海水浴場を見て懐かしい感情になりました。10年前はあんな事をしたなーと思いにふけ、私も歳を取ったなと感じたものです。

なんといっても下田の魅力は白く美しい砂浜とエメラルドグリーンの海でしょう。

下田の海岸の砂浜の白さは他にない特徴です。高校球児の前に甲子園の砂と白浜の砂を並べたら白浜の砂を選ぶんじゃないかと思うぐらい美しい砂だと思います。

寒い時期になりましたが海岸を散策する方やサーフィンを楽しむ方も多く、下田の美しい海は1年を通して人々に愛されていると実感しました。

また下田を語る上で外せないのが、ペリー率いるアメリカ海軍が黒船に乗って来航した事でしょう。下田は黒船来航、開国の歴史を持つ町でもあります。

毎年5月になると黒船祭というお祭りが開かれたり、下田港では当時の黒船を模した黒船遊覧船で下田の港を一周する事ができます。下田港で見ることのできるこの黒船の遊覧船は今では下田の風物詩、下田の港に無くてはならない存在になっているそうです。

お腹が空いたので、お昼は道の駅開国下田みなとの敷地内にある食堂で金目鯛丼を食べました。下田は金目鯛の水揚げ高が全国1位だそうで、真っ赤な色をした美しい金目鯛が年間3000〜4000トン水揚げされています。

私の丼には三種類の金目鯛の刺身が乗っており歯応えのある金目鯛はどれも美味しかったです。皆さんも美しい自然や豊かな歴史溢れる下田の町に遊びに行っては如何でしょうか。(本部 浅見修光)

田舎暮らし四方山話よもやまばなし~その6~【情報館設立35年。その体験をもとに田舎暮らしへのアドバイス】 

この記事の投稿者: 総務

2026年1月23日

第6回:田舎の土地事情 ~景観のいい場所に住みたくても法的規制が~

◆「農振農地」に家は建てられない

▲「農振農地」とは・・・?

山あいの静かな山村。「耕して天まで上る」といわれるほどに、段々畑が美しい山村風景に出会うことがある。

「見晴しがよく、日当りのいいあの雛壇の一部に暮らせたら・・・」と思う人も多いだろう。そこには舗装された道路が走り、しかも休耕地で水道も入っている。しかも休耕地で雑草が生い茂るばかりの土地ならなおさらである。

でも、地元の人に「あの土地は『農振農地』だから、家は建てられない」と言われる。都会人にはなじみが薄いが、田舎では「農振農地」はよく聞く言葉である。この「農振農地」というのはどういうものか。また、そこは永久に家は建てられないのだろうか?

「農振農地」とは通称である。正式には、「農業振興地域の整備に関する法律」(農振法)によって指定された農地のことで、農業以外には利用できない農地である。

この「農振法」は、昭和44年に公布された。高度経済成長の下で、都市化の波が地方の農村にまで押し寄せる中で、乱開発から優良農地を守る目的で農業専用区域として全農地の約9割を指定した。

しかし、永久に農業以外に使用できないかというと、そうでもない。

隣地が既に宅地である場合や、住宅が建っても近隣農地の障害とならないと認められる場合、また圃場ほじょう整備から10年以上経過しているような場合には、農振法の指定からその農地を除外することができる。それには市町村の農業委員会への申請が必要で、それを「農振除外」申請という。

その農地が「農振農地」であるかどうかは、市町村役場の農業委員会事務局に備えつけてある「農地台帳」に記載されているので、当該農地の所在と地番を告げて問い合わせれば電話でも教えてくれる。

◆農地法の規制には歴史的な経過がある

▲農地法成立の社会的背景を知ろう!

農地の売買や宅地への転用については、「農地法」による制約があり、民法の「契約の自由の原則」に慣れている都市生活者から見れば、それらの厳しい内容は理解に苦しむであろう。

田舎暮らしをするのに、農地に関する法律の詳しい勉強までは必要ないかもしれないが、一つ一つの条文よりは、なぜそうした法律ができたのか、その歴史的、社会的背景を知っておくことは、農村社会をより深く理解するうえでも役立つであろう。

「農地法」は、戦後の農地改革を経て、昭和27年に公布された。戦前、日本の農村の多くの農地は、地主が所有し、小作人は、収量の5割から6割を小作料として米で物納した。

日本の土地所有制度の根本を変革したのは農地改革であった。戦後日本の農業の原点はこの農地改革にあり、「農地法」の基本的な考え方は、この改革により確立された。

「農地法」の精神は、「農地はその耕作者自らが所有することが最もよい」とする自作農主義と、「農地を守り、食糧を確保する」という農業優先政策である。

「農地法」は、戦前の地主制の復活を許さないことを最大の目標におき、農地を農地として維持し、農地の権利の移動と転用を規制する。その後の社会情勢は変化したが、今でも農地に関する基本法として農地保全の役割を果たしているのである。

こうした農地をめぐる歴史を考えると、農業者以外の者が農地を所有することを禁じ、農地の他への転用についても厳しく規制している道理が理解できるのではないだろうか。

「農地を宅地に転用」するのは例外的に認められているのである。転用許可された農地に住宅を建てる場合にも、隣の農地に汚水が流れたり、プラスチックやごみ等が捨てられたりすることのないよう配慮が求められる。「金さえ出せば、何でも自由」とはいかない農村の土地事情である。

しかしながら、近年の農山村の過疎化と耕作放棄農地の増大の中で、都市生活者の田舎暮らし志向による農的生活の実現のためには、農地法の厳しい規制がネックとなってきていることは、多くの人々が指摘するところとなっている。

たとえば、新規就農を促すには「通勤農業150日以上の耕作が必要」との条件を緩和することである。事実、少ない市町村であるが、農地法の花栽培や温室園芸の場合の例外規定を活用して、二拠点生活や別荘利用でも新規就農を認める自治体も多くなっている。

実際には、田舎暮らしを始めた人が近所の農家から畑を借りて家庭菜園をしている例は多い。農地法上は、これは「やみ小作」になるが、農地法が時代の変化に合わなくなってきているということである。

生業としての農業ではなく、自給的な農的暮らしをしたい都市生活者にも農地が利用できる制度の確立が望まれる。(本部 佐藤彰啓)