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秋田◆秋田/菅江真澄~その1~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2023年4月21日

▲菅江真澄の肖像画。

秋田城は創建から250年くらいまで存続したことは何とかわかるが、それ以降の800年くらいはどこにあるのかも分からなかったが、1812(文化9)年に菅江真澄(すがえ ますみ)が旅日記『菅江真澄旅日記』の中の『水の面影』のところで『続日本紀』に書いている秋田城はここではないかと現在の秋田城跡の場所を述べている。

この菅江真澄は私も秋田に来て初めて知ったのですが、すごい方と云えます。

何がすごいかと云いますと、三河(岡崎という説)を30才で出発し、信州を経て秋田から岩手、宮城、青森、北海道をめぐり歩き48才から亡くなる76才までを秋田ですごしました。

この間、秋田の領内をくまなく歩き、今の県内すべての市町村に足跡をしるしています。(県内の400カ所に真澄の足跡の標柱がある)

真澄は、生まれ故郷や家族、経歴など自分自身のことをあまり人に語ったりしなかったために人物像はちょっと謎めいていますが、国学、本草学、歌学などを学んでいたようで、なぜ北国への旅に出たのかもよく分かっていません。

ただし、どんな階層の人にも分け隔てなく接し、歌を詠み、薬をつくる心得があったため、旅のゆく先々ではどこでもこころよく迎えられそこにしばらく滞在していたようです。

酒はあまり飲まず食べ物の好き嫌いもいわず、常に節制した生活を心がけていたとも言われています。

唯一残っている肖像画も実に穏やかな好々爺と云えます。(つづく)(秋田駐在 片山保)

※「菅江真澄」シリーズ:『その2』、『その3』、『その4

秋田◆秋田/秋田城と薬師寺は同世代【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2023年3月14日

▲薬師寺金堂(1976再建)

秋田城から離れますが、秋田城(773年)と同世代に建立された薬師寺(718年)金堂を高田好胤(こういん)管長の発願で再建したとき、その木材調達に携わったことがありました。

大阪万博が終わった頃、金堂の柱材調達の依頼が会社にあり、当時、名古屋にいたので寺と建設関係者を営林局や貯木場に案内したが、その方々に会って驚いたのは、西岡常一法隆寺宮大工と薬師寺執事長でした。

求める木材は、長さ10m以上のヒノキを何十本ということでしたが該当するものは木曽をはじめ日本にはもうないことを理解していただきました。

そこで、アメリカの米桧は如何ですかと提案すると、執事長は少し考えて、あそこは宗教が違うからなぁと、無信教の私には考えられないような反応があり驚きました。

それでは台湾桧はと云いますとあそこは宗教が同じだなぁと考えていました。

西岡棟梁からは上棟の主柱に「一千年の木には一千年の命あり」と墨書するのだ、樹齢一千年の木は一千年後に力が一番強くなり、さらに一千年後までは力が衰えない、ということを教えられました。

その後、薬師寺、建築関係者が台湾に行き、台湾桧を使うことになったと聞きました。今は台湾では丸太を輸出禁止にしています。

この体験は私が同世代創建の秋田城に出会い古代にロマンを寄せるきっかけの一つになったといえます。(つづく) (秋田駐在 片山保)

秋田◆秋田/秋田城でボランティアガイド~その4~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2023年2月18日

▲政庁正殿の真正面に鳥海山。

政庁正殿の真正面に鳥海山の雄姿が見えるのは、秋田城を創建した当時は山岳信仰が盛んだったからであろうか。

鳥海山との距離は約70㎞と近いが余程運がよくなければきれいに見えることがありません。

晴天でも春がすみ、海霧などで鳥海山は不思議なくらい雲に覆われている。

春はかすみなどと風流に聞こえるが、何故だろうかと考えていて、ひょっとするとこれは黄砂のためではなかろうかと思えてきた。古代の人々は粋な言葉を作り出したものだと妙なところで感心している。

▲古代沼越しの外郭東門・築地塀

もう一つのパワースポットは写真の古代沼越しに見える外郭東門と築地塀(ついじべい)の眺望です。

この眺望のよい場所には四天王寺跡があり、渤海国使節団の客館も併設されていたので一行が都へ行くまでの間、帰国するまでの間、都合半年位は秋田城に滞在していたようなので、彼らはこの眺望に疲れや心労を癒されていたことでしょう。

使節団は、現在、首相が外遊するときには経済界の人々100人くらいが同行するように、当時も多くの人が来ていたようで、中には亡命者も相当いたようです。

古代沼は祈祷が行われていた神聖な沼だったのでしょう。ここからは祓いの儀式にともなう祭祀遺物、人面墨書土器、人形、斎い串ぐし、呪符木簡などが多数出土しており、陰陽道関係の呪術が執り行われていたようです。(つづく)(秋田駐在 片山保)

※秋田城でボランティアガイド~その1~はこちらから

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※秋田城でボランティアガイド~その3~はこちらから

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秋田城跡
住所:〒011-0939 秋田県秋田市寺内大畑5
営業時間:24時間営業
※城跡近くに、秋田市立秋田城跡歴史資料館あり。
詳細は歴史資料館公式HP(https://www.city.akita.lg.jp/kanko/kanrenshisetsu/1003616/index.html)でご確認ください。

 

秋田◆秋田/秋田城でボランティアガイド~その3~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2023年1月19日

▲発掘された漆紙とそれを赤外線カメラを通して見たもの。

秋田城跡の発掘調査が本格的にはじめて今年で50年になるが史跡の一割弱程度です。

この間に発掘された遺構、遺物は相当な数量です。遺構は前回に記した古代水洗厠舎をはじめ、政庁の塀や正殿など約九百点、遺物は漆紙文書(うるしがみもんじょ)、木簡、人面墨書土器、胞衣壷(えなつぼ)など一万点余で、中には大変めずらしいものもあります。

漆紙文書は役所が保管期限を過ぎた文書を漆職人に払い下げ、それを漆容器の蓋に使いそれに漆がついために腐らずに残っていたもので、赤外線カメラでみると、文字が現れてくるものです。

例えば奈良時代の暦は何年かで新しい様式に変わっていますが、具注暦(ぐちゅうれき)と大衍暦(だいえんれき)の二種類の暦(漆紙文書)が同じ遺跡から発掘されたのは全国初とのこと。

胞衣壷は生まれた子供の胎盤と針・糸・筆・硬貨などを壷に入れて埋める風習があり、大学病院で調べたところ、B型の男児とのことでした。

和同開珎銀銭は全国で50枚位しか発掘していませんが、その一枚が秋田城から出土しています。

文献資料が少ない遺跡なので今後の発掘で何が出てくるか興味津々でガイド活動を楽しんでいます。(つづく)(秋田駐在 片山保)

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秋田◆秋田/秋田城でボランティアガイド~その2~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2022年12月23日

秋田城は外郭を東西南北550m、約23ヘクタールの周囲を巾2m高さ4mの瓦葺き築地塀(ついじべい)を巡らし、中央にも築地塀で囲った政庁を設けた豪華なものでした。

これは地元や渤海使節史に対する威厳や防備のためでもあったことでしょう。

▲復元古代水洗厠舎。

▲同上推定復元図。

秋田城跡の目玉は何といっても「古代水洗厠舎(かわや)」(上写真)です。

三年前の秋にブラタモリで紹介されたのでご覧の方も多いと思いますが、760年頃にできた日本最古の水洗トイレです。便槽から幅が50㎝位の丸太を半割りして中をくり抜いた木樋を約6度の傾斜角度で埋設し、排泄物を水で便槽から沈殿槽に流すという方式です。

沈殿槽からは豚の寄生虫卵が見つかり、当時、東北では豚の食習慣がなかったので厠舎に隣接する四天王寺跡が渤海使節の宿所と思われることから厠舎は渤海使や都人が使用していたのだろうと想像されています。

また籌木(ちゅうぎ。トイレットペーパー・・・割り箸より一回り太い棒)も出土していますが、籌木はいつ頃まで使用していたと思われますか。

実は昭和33年の青森県の新聞に南部地方の籌木製造町工場の写真を掲載しているのをHPでみかけました。

また、見学に来たフィリピンの女性は、「私の国では今も使っています」と話していました。(つづく)(秋田駐在 片山 保)

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秋田城跡
住所:〒011-0939 秋田県秋田市寺内大畑5
営業時間:24時間営業
詳細は歴史資料館公式HP(https://www.city.akita.lg.jp/kanko/kanrenshisetsu/1003616/index.html)で確認してください。

秋田◆秋田/秋田城でボランティアガイド~その1~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2022年11月11日

▲秋田城跡復元外郭東門と築地塀。

秋田に転居して市内のあちこちを探検していると、赤い立派な門が目についた。これはなんだ、秋田城跡復元外郭東門(写真)と書いていた。

それから何年か後に知人から「秋田城跡の学習講座があるので聴きに行かないか」と誘われて、あぁあの門があるところだなと思い、興味を持って聴講した。

講座の終わりに「秋田城跡のボランティアガイドの会」がある。興味があれば入会しないかと誘われ、臆面もなく怖いもの知らず、入会申込書にサイン。

あれから十七年、次第にのめり込み事務局も担当しながら見学者のガイドを続けている。

会員五十余名が三名一組で毎日交代出勤するので月に三日前後の当番なので負担は少なく、年相応の良い運動になっている。

秋田城と云ってもメジャーではなくほとんど知られていないので概要を若干述べさせていただきます。

奈良時代編纂『続日本紀』の天平五(七三三)年の出来事として、「出羽柵(いではのき)を秋田村高清水岡に遷置く」とある。

時の朝廷が本州全域を支配下にするために太平洋側には多賀城を、日本海側は秋田城(七六〇年頃に出羽柵を改称)が最北の城柵として設置された。

秋田城の役割にはもう一つ、渤海国との交易で使節団は船が小さいために樺太、北海道の沿岸伝いに来航するのでその受け入れ窓口としての役割がありました。(つづく)(秋田駐在 片山保)

※秋田城でボランティアガイド~その2~はこちらから

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秋田城跡
住所:〒011-0939 秋田県秋田市寺内大畑5
営業時間:24時間営業
※城跡近くに、秋田市立秋田城跡歴史資料館あり。
詳細は歴史資料館公式HP(https://www.city.akita.lg.jp/kanko/kanrenshisetsu/1003616/index.html)で確認してください。

秋田◆秋田/我が家のカモシカ~その3~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2022年10月16日

▲蓮の花が満開の千秋公園(元佐竹藩の久保田城)。

定年を前にして田舎暮らしにあこがれて当時住んでいた大阪の周辺をあちこちと探している内に東京へ単身赴任。

ならばと、千葉、茨城、埼玉と休日毎に探し、山梨のふるさと情報館の体験住宅も見学してきた。

そうこうするうちに妻の郷里で両親の傍に住むのも親孝行ではなかろうかという思いに至って秋田を終の棲家とした。

街はずれの小さな団地ではあるが、散歩道にはミズバショウ、カタクリなどの珍しい花やハクチョウ、ヒシクイ、などの春先の北帰行には西日本育ちの私には圧倒される風景である。

思わず小中学生のころの国語の教科書の一文、帯になったりたすきになったりと学んだものの実感がなかったが、目の前に繰り広げられるハクチョウ、ヒシクイなどが明け方から昼頃まで南の空から長がぁい帯が次から次へと湧き出るように迫って来て上空を通り過ぎてゆく様は圧巻以外の何ものでもありません。

秋田の良さや楽しさを少しでも皆さんにお届けして移住の候補の中にいれて検討していただければと期待しています。

▲来年もカモシカお会いしたいですね。

来年もカモシカがホームスティに来ないかなぁ、と今から楽しみにしています。(秋田駐在 片山保)

※我が家のカモシカ~その1~はこちらから
※我が家のカモシカ~その2~はこちらから

 

秋田◆秋田/我が家のカモシカ~その2~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2022年9月13日

▲カモシカのトレーニング。

びっくりした冬の一日でしたが、翌々日、またまたびっくり。
早朝カーテンを開けるとテラスのカモシカとご対面。その間は約1m、またやってきたのでした。

アオキ、ヘデラ、ツルマサキ、マサキなどの青物を少しずつ食べてはゴロリを繰り返して夕方まで過ごしていた。

翌朝、新聞を取りにでて振り返ると、軒下に寝転んでいたカモシカと鉢合わせ、ニコット笑いかけて家に入ったが、一日中食っちゃ寝、食っちゃ寝と優雅な気ままな一日を過ごしていた。

もう来ないだろうと思っていたが三月までの一か月間に九回も来宅し、何日かは我が家にホームステイしたようだ。

最終日にはカモシカに気付いた小学生たちがタブレットによる撮影会を楽しんでいた。

秋田に住んで二十余年、カモシカには幾度となく出会っているが、一緒に生活をしたのは初めてである。

車の運転中に前に飛び出してきて来たのにはびっくりしたり、犬と散歩中に吠えるので見たらカモシカがいたり、今後記す史跡秋田城跡では子連れのカモシカが調教しているところに出会ったりと県都とはいいながら大いなる田舎で、憧れていた田舎暮らしとはほど遠いものの、まずは満足した生活をしている。(秋田駐在 片山保)

▲秋田城址で観光ボランティアもやっています。

「我が家のカモシカ~その3~」へ続く

※「我が家のカモシカ~その1~」はこちらから

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