ブログ

田舎暮らし四方山話よもやまばなし~その1~【情報館設立35年。その体験をもとに田舎暮らしへのアドバイス】

この記事の投稿者: 総務

2025年8月17日

▲水田の向こうに南アルプスが・・・。

◆「心の原風景」に出会う旅

「あ!ここなんです。私が求めていた風景は・・・」

夏の青々とした田んぼが広がり、遠くに南アルプスの甲斐駒ヶ岳と鳳凰三山を望む場所に立って、初めて高瀬さんは自分の希望の物件に出会ったと感じた。その日何か所も回ってたどりついたのがその場所だったのである。

これまで見た、林の間からの南アルプスの山並みも、甲斐駒が眼前に迫る壮大な風景も高瀬さんのフィーリングに合わなかったのだ。

高瀬さんは田んぼが広がり、遠景に南アルプスを望む風景に出会って初めて心を揺り動かされ、やっと答えを見つけたのだった。

茨城県土浦に育った高瀬さんにとって、「青々と広がる筑波山」は懐かしい少年時代の原風景だった。

人それぞれに原風景がある。それは子どもの頃出かけた田舎であったり、体験したほんのひとこまであったりする。

どんな土地がいいか、こればかりは他人が決めるわけにいかない。高瀬さんのように、自分でも何がぴったり合うのか、すぐには分からないこともあるだろう。

田舎探しは、自分の「心の原風景」に出会う旅といえるのかもしれない。

◆社縁社会の崩壊がもたらしたもの

田舎暮らしという言葉がポピュラーになった昨今であるが、果たして「田舎」とは何であろうか。

「田舎」は、「都会から離れた土地。在郷。ひな。地方」(『広辞苑』岩波書店)を意味しているが、みやこがなかった縄文や弥生時代には田舎は存在しなかった。

「田舎」は、都会が形成されてはじめて誕生した概念なのである。

田舎暮らしにも二種類あって、「自分の意思で田舎に移り住む」場合と、「自分の意思に反して移り住む」場合がある。

これまで日本の歴史を紐解いてみると、京に都が誕生して以来今日まで、「田舎から都会へ」という大きな流れの中にあった。

そして、農村は常にダサくて遅れており、「田舎暮らし」は、その多くが自分の意思に反しての「島流し」や「都落ち」であり、明治以降の企業社会にあっては「左遷」の代名詞であった。

地方転勤となったサラリーマンは「いやぁ、しばらくは田舎暮らしですわ」といい、「田舎暮らし」にはどこか暗いイメージを伴っていた。

それが、近年大きく変化した。1990年代初頭のバブル経済崩壊が都会の社縁社会を変えた。企業は終身雇用をかなぐり捨てて早期退職を迫り、自分のことは自分で考えてくれという。

自分の生き方を自分で作らざるを得なくなった。近年、田舎暮らしを求める都会人が増えているのも、社縁社会の崩壊と密接に結びついているのである。(本部 佐藤彰啓)

東京◆本部/本部移転のお知らせ

この記事の投稿者: 総務

2025年6月30日

ふるさと情報館はおかげ様で本年35周年を迎えます。

長らく新宿区四谷の地で活動してまいりましたが、6月30日より文京区本郷に本部を移転致します。

以下、新住所です。電話・FAX番号の変更はありません

〒113‒0033
東京都文京区本郷3-3-11 NCKビル3F

JR中央線・総武線「四ツ谷駅」より各駅で4つ、快速で一駅移動となり、【御茶ノ水駅】が最寄駅になります。

駅からも近くなり、丸ノ内線・千代田線もご利用になれます。お近くにお寄りの際は、お気軽にお立ち寄りください。

1990年に四谷の地で事務所を開き、まだ「田舎暮らし」という言葉が一般的でない時代に、「ここから都会の人達に田舎暮らしを広めていこう!」という志を立て、奮闘してまいりました。

『月刊ふるさとネットワーク』表紙裏に「ラーバニスト宣言」を毎回掲載していますが、都市(アーバン)から田園(ルーラル)への暮らし替えや、田舎に拠点を持つ生活を考えるきっかけになればという思いがふるさと情報館の始まりです。

今日、田舎暮らしは特別な事ではなく、選択肢の一つとなりました。ふるさと情報館の活動がその一助になっているなら幸いです。

新しい事務所でさらなる飛躍を目指して頑張ります。

どうぞ今後とも宜しくお願い致します。(本部 杉田玲子)

東京◆本部/物件見学に出掛ける際は…【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: 総務

2025年5月6日

▲季節の移ろいが早い昨今ですが、余裕を持った行動計画を心がけたいです。

外出が楽しみな季節になりました。

とはいえ、四季のある国、日本のはずがいつのまにか、冬と夏だけの国になってしまったようです。

昨日までは肌寒いなぁと思っていたのに、今日は半袖でも汗がでる。そんな天気にびっくりです。

私の思い出の中では、季節はもっとゆっくり巡っていたように思えるのですが、今はなんでも強烈に変化していく気がします。薫風は何処に?

とはいえ気候が良くなれば、外出したくなるのも人情です。

すっかり定着した大型連休のこの季節、「ついでに物件見学を」というお気持ち、よくわかります。

ただ、名所旧跡、観光地に限らず、思いもかけない場所が渋滞になり、「見学のお約束をしましたがたどりつけなくて」というお声を聞きます。

いろいろ計画を詰め込まず、自然に親しむ、人と会う事を一つ一つ楽しまれてはいかがでしょうか。

ご見学は人込みが落ち着いてから、周囲の環境がよく見られる時期にぜひいらして下さい。(本部 杉田 玲子)

山梨◆本部/八ヶ岳に行ってきました【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: 総務

2025年4月21日

▲青い空に映える八ヶ岳。

久しぶりで八ヶ岳を訪れました。

先日「ふるさと情報館」では数年ぶりに八ヶ岳で会議を行いました。普段、東京本部に居ついている私が山梨を訪れるのは十年ぶりです。

当日は気持ちのいい晴れ空で、真っ青な空に富士山、八ヶ岳の山々がくっきりと映えていました。「これこれ」と思わず声が出ます。

いつも八ヶ岳に来るたびに八ヶ岳の山の名前って?と思っていたので八ヶ岳山岳ガイド協会のホームページで調べてみました。

北八ヶ岳が「剣ヶ峰」「北横岳」「縞枯山しまがれやま」「稲子岳」「中山」「天狗岳」「根石岳ねいしだけ」「箕冠山みかぶりやま」。

南八ヶ岳は「硫黄岳」「峰ノ松目みねのまつめ」「赤岩の頭」「横岳」「赤岳」「中岳」「阿弥陀岳」「権現岳」「編笠山あみがさやま」。

不明な私は、北と南の二種類があることさえ知りませんでした。

独特な山の名前を見るだけでなんだかわくわくしてきます。今度は山ごとの物語について興味がわいてきました。

会議の方も活発な議論があり有意義でした。美しい自然に囲まれた場所で行う話し合いは新しい発想も湧いてくるようで、お勧めです。

会議後は、八ヶ岳スタッフに美味しいカフェに連れて行ってもらい大満足。見た目も味も最高のケーキを堪能致しました。

会議の成果を生かして、がんばろう!と、山に元気をもらいました。(本部 杉田玲子)

東京◆本部/オニヤンマの虫よけ【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: 総務

2024年10月4日

▲虫をもって虫を制する。

暑い夏もようやく終わりを迎え、やっと涼風が吹き始めました。

昨今は今までにない異常気象が続いています。私も大雨で冠水した道路を歩き怖い思いをしました。皆様もどうぞお気をつけ下さい。

暑い日が続く中、私が気になったのは「虫」。

苦手な人も多いと思いますが、猛暑なら虫もバテて出てこないかと願いましたが、当たり前ですが元気に活動しています。

そんな話をしていたら、「オニヤンマ」の虫よけという存在を教えてもらいました。

知っている人には常識らしいのですが、私はその存在を初めて知りました。ネット検索してみると、リアルな商品が続々と出てきます。

なんでも「オニヤンマ」はアブやブヨ、スズメバチの天敵なのだそうです。我が家の物干し場にもスズメバチが巣を作ろうとしたことがあるので、これは耳より情報。

身につけて使っても良しという事で、早速試してみよう!と思ったのですが、よく見るとこの商品とてもリアル。情けない事にリアルすぎて、いまだ購入できていません。(本部 杉田 玲子)

東京◆本部/いざ、オンライン見学へ【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: 総務

2023年8月5日

▲今年も暑い夏が来た!!(写真はイメージです)

自由行動が出来る夏がやってきました!

夏休みを満喫するも良し、田舎暮らしを実現するために現地に足を運んでみるのもいかがでしょうか。

とはいえ、昨今の夏は尋常ではない暑さです。「現地に行く前に物件の様子を見てみたい」という方に。画像での物件紹介についてご説明させて下さい。(画像のご用意がある物件は一部です。)

弊社ホームページ画面の【都道府県から探す】(県を一覧で掲載している箇所)の下部にある【グルッと360°オンライン見学 ヴァーチャル内覧公開中】をクリックしてみてください。

右上の検索欄にお探しの物件番号をいれて検索し、右端の写真をクリックすればご覧になれます。(写真の上をクリックしてください。「物件ページへ」だと資料へのご案内になります)検索しても画像が出てこない場合は、画像のご用意がありません。

現在50~60件程の物件の画像を掲載しています。ご興味がある方はぜひご覧ください。

使い勝手などまだまだ工夫すべき箇所がありますがより快適になりますようこれからも頑張っていきます。(本部 杉田 玲子)

▲いざ、オンライン見学へ!!

 

東京◆本部/師走を迎え思うこと【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: 総務

2022年12月5日

▲師走の街中のイメージ。華やかですが、仕事納めや大掃除など何かと忙しい時期ですね。

師走の声を聞くと、ちゃんと始末しなければと忙しい気持ちになります。

何かやり残した事はないか、ちゃんと年末までに目途をつけないと‼という思いでパタパタと気ばかりあせります。

大掃除、仕事納め、新年を迎える準備等々。コロナが生活の一部となり、旅行や飲食も解禁となりました。用心しながらもコロナ前の生活習慣がだんだんと戻ってきたようです。

一方、仕事の方法や暮らし方の手段として、一ヵ所集中型の都会生活から『田舎暮らし』が選択肢として選びやすくなりました。テレワークもすっかり認知度が広がりました。

ひと昔前にくらべると「田舎暮らし」は、肯定的に受けとめられる時代となりました。

私共が発行している『月刊ふるさとネットワーク』が、新たに田舎暮らしに興味を持たれた方、今まで田舎暮らしを十分楽しんでいた方、いろいろな方のお役に立つようにと思いを込めて、気を引き締めて新年をむかえたいと思います。

▲少し早いですが、来年もどうぞよろしくお願い致します!

これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。(本部 杉田 玲子)

『月刊ふるさとネットワーク』見本誌請求

《田園からの風》 ”自然を求め続けた画家”

この記事の投稿者: 総務

2014年10月10日

八ヶ岳南麓の日野春小学校は、少子化の影響で町内の4つの小学校がひとつに統合され、廃校となった。今年春、その遊休校舎が社会福祉と地域の交流施設、山岳画家の美術館として再出発した。

 

五感を研ぎ澄ますために山に登る

 

自然を愛し、自然を求め続けた画家。犬塚勉は、全く無名の画家だった。

1949年生まれ。東京の多摩で育ち、東京学芸大学で美術を学び、美術教師として子どもたちを教えながら、山や丘の風景を描き続けた。五感を研ぎ澄ますために本格的な登山に挑戦し、身体で浴びる自然の息吹そのものを緻密な筆遣いで描いた。森・山・切り株・ブナ・渓谷などをモチーフとした写実的な風景画。

「『感動ある絵を描くこと』、この他には何も望むものはない」と、常々奥さんの陽子さんに語っていた。

1988年9月23日早朝、陽子さんに「いってくるよ」と、寝室のドアを細く開け、すまなさそうな笑顔を残して谷川岳に出かけた。谷川連峰赤谷川から平標山へ向かう途中、悪天候のため遭難。尾根に出たところで力尽きて永眠。帰らぬ人となった。享年38歳。

2008年没後20年に、多くの友人たちによって長野県東御市の小さな美術館で開らかれた展覧会は、静かな話題を呼び、来会者が多くの言葉を残した。

「緻密な絵の中に、風、せせらぎ、香り…、目に見えないものが描かれているようです」「大地の暖かさを感じ、すべてが生きているのだと感じます」。

翌年NHKの日曜美術館「私は自然になりたい」で紹介され、犬塚勉の絵画が広く世に知られるようになった。その後、NHKプロモーションの企画で、東京、京都、広島と各地で巡回個展が開催され、多くの人々を魅了した。

 

緻密に描かれた草木

土の匂い、生命の感動が伝わる

 

犬塚勉の作品のひとつに、「梅雨の晴れ間」がある(本誌目次写真)。どこにもある自然の風景であるが、入念に表した画面からは雨上がりの土の匂いまで伝わってくる。草木の葉、花弁や葉脈まで一つひとつが緻密に描かれている。湿気を含んだ草が光を浴びながら柔らかな色味を放っている。木陰の小さなドクダミやシロつめ草も雨に洗われていきいきしている。作品を見ていると、自分がその風景の中にいるかのような不思議な感覚になる。

ひとつ一つの植物を克明に描く超リアリズムの技法は、写真では表現できない質感を生み出し生命の感動が伝わってくる。

作品「縦走路」(本誌目次写真)は、南アルプス北岳の尾根から尾根への縦走路で大小の小石が克明に描かれている。ひとつとして同じ形の小石はなく、密度が高く山の雰囲気をよく伝えている。

 

南アルプスの麓で暮らす夢

 

犬塚勉の美術展が日野春小学校で実現したきっかけは、たまたま同じ学校で教えていた元同僚が定年退職後、八ヶ岳に移り住み、日野春小活用の取り組みをしていたからである。

描かれたものはすべて、陽子さんにより大切に保管されてきた。200点余りの作品、60冊にのぼるスケッチブックのほか、克明に記録された制作ノートなどが残る。陽子さんは、その保管場所と展示場所を探していたのである。

「犬塚は南アルプスの麓に住み制作することが夢でした。北岳からの帰途、ふと立ち寄った日野春の景観と里の静けさに深く感動し、『日野春はいいところだよ』と何度となく繰り返しておりました」と語る。

制作ノートには、その思いが記されている。

・僕と陽子と愛息嶺と悠との4人暮らし。南アルプスを仰ぎ見つつ彼方に八ヶ岳を臨み、朝な夕なにその雄姿を愛でる。(1985年8月)

・その土地に溶け込んだ生活の中から、その土地の心を描く。土を耕し作物を育てる人、都会でいつか自然に還ろうと思っているすべての人に喜ばれる、そんな絵を描きたい。(1987年8月)

・日野春の丘に居を構え、ほんとうの風景を描く生活に至るためにはどうすればよいのか。(1986年2月)

・絵を見るためには街へ出なければならない。そこがおかしい。絵が見たければ田舎へ来いというあり方。地方の廃校、校舎を使っての個展。(1987年7月)

陽子さんは、「ほんとうに不思議な縁です。二人が求めてやまなかった夢がこんな形で実現できるなんて……」と語る。

(ふるさと情報館 佐藤 彰啓)