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長野◆青木村/生まれ変わったマイホーム【東信州あおき・小県からの手紙】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・上田青木店 / 山本 幸哲

2022年11月2日

▲リフォームのイメージ図

前職のJA時代にお世話になった方の、家の売却のお手伝いをすることになった。

10年間放置された畑は、藁に覆われ、家の中にまで進入していた。白アリの駆除、被害箇所の修繕等家主に変わって対応したが、次から次へと問題が発生した。

経費がだいぶ掛かってしまったので、最後はDIYに突入。勝手の壁紙(クロス)は売主様に磨いてもらい、外壁の一部は私と妻、息子で塗装し直した。

柱、天井、廊下も磨き上げ、見違えるように。庭先の畑を耕して里芋・長ねぎ・ジャガイモを植えた。

物件見学を開始してまもなく購入希望者が決まり、お礼にジャガイモ掘りをご夫婦とお二人の子供さんと一緒にして、お土産にお持ち帰りいただいた。

「子供達に良い思い出が出来ました」と奥様。物件に愛情を込めて対応すれば、すばらしい物になると確信した物件だった。(上田青木店 山本 幸哲)

秋田◆秋田/我が家のカモシカ~その3~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2022年10月16日

▲蓮の花が満開の千秋公園(元佐竹藩の久保田城)。

定年を前にして田舎暮らしにあこがれて当時住んでいた大阪の周辺をあちこちと探している内に東京へ単身赴任。

ならばと、千葉、茨城、埼玉と休日毎に探し、山梨のふるさと情報館の体験住宅も見学してきた。

そうこうするうちに妻の郷里で両親の傍に住むのも親孝行ではなかろうかという思いに至って秋田を終の棲家とした。

街はずれの小さな団地ではあるが、散歩道にはミズバショウ、カタクリなどの珍しい花やハクチョウ、ヒシクイ、などの春先の北帰行には西日本育ちの私には圧倒される風景である。

思わず小中学生のころの国語の教科書の一文、帯になったりたすきになったりと学んだものの実感がなかったが、目の前に繰り広げられるハクチョウ、ヒシクイなどが明け方から昼頃まで南の空から長がぁい帯が次から次へと湧き出るように迫って来て上空を通り過ぎてゆく様は圧巻以外の何ものでもありません。

秋田の良さや楽しさを少しでも皆さんにお届けして移住の候補の中にいれて検討していただければと期待しています。

▲来年もカモシカお会いしたいですね。

来年もカモシカがホームスティに来ないかなぁ、と今から楽しみにしています。(秋田駐在 片山保)

※我が家のカモシカ~その1~はこちらから
※我が家のカモシカ~その2~はこちらから

 

秋田◆秋田/我が家のカモシカ~その2~【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2022年9月13日

▲カモシカのトレーニング。

びっくりした冬の一日でしたが、翌々日、またまたびっくり。
早朝カーテンを開けるとテラスのカモシカとご対面。その間は約1m、またやってきたのでした。

アオキ、ヘデラ、ツルマサキ、マサキなどの青物を少しずつ食べてはゴロリを繰り返して夕方まで過ごしていた。

翌朝、新聞を取りにでて振り返ると、軒下に寝転んでいたカモシカと鉢合わせ、ニコット笑いかけて家に入ったが、一日中食っちゃ寝、食っちゃ寝と優雅な気ままな一日を過ごしていた。

もう来ないだろうと思っていたが三月までの一か月間に九回も来宅し、何日かは我が家にホームステイしたようだ。

最終日にはカモシカに気付いた小学生たちがタブレットによる撮影会を楽しんでいた。

秋田に住んで二十余年、カモシカには幾度となく出会っているが、一緒に生活をしたのは初めてである。

車の運転中に前に飛び出してきて来たのにはびっくりしたり、犬と散歩中に吠えるので見たらカモシカがいたり、今後記す史跡秋田城跡では子連れのカモシカが調教しているところに出会ったりと県都とはいいながら大いなる田舎で、憧れていた田舎暮らしとはほど遠いものの、まずは満足した生活をしている。(秋田駐在 片山保)

▲秋田城址で観光ボランティアもやっています。

「我が家のカモシカ~その3~」へ続く

※「我が家のカモシカ~その1~」はこちらから

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栃木◆那須/コロナ終息を枝豆にこめて・・・【地域店・日々の業務より】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・那須店 / 高久 重廣

2022年9月4日

▲枝豆の収穫。

コロナ禍のご時世で、皆さんが楽しみにしているイベントを控えて早三年が経ちました。

今まで何かにつけて仲間が集まり、情報交換やお互いの近況報告などを、ワイワイガヤガヤと楽しいひと時を過ごしたものでした。

仲間達が集まる機会が無くなり、張り合いのない日々でしたが、「これだけは続けたい」と言う仲間からの希望で今年もやることになりました。

6月25日苗床(なえどこ)を作りタネをまき、7月9日15名参加で畑に定植したのですが、お天気が続き畑の土がパサパサです。

三日後待ちに待った恵みの雨が降り何とか生きのびた感じでしたが、枯れてしまった苗もありました。

その二日後大雨が降り、水没の心配です。

両極端の天気に一喜一憂の日々を過ごしているうちに、枝豆は成長し雑草も負けじと生えてきました。

先日仲間二人が管理機を持ってきて、中耕してくれたので除草はもちろん土寄せも楽になりました。

9月下旬には甘くておいしい枝豆が収穫でき、仲間の皆さんは毎年お待ちかねの、友人知人に送ったり、保存したりと大忙しです。

その頃には、お隣のそば畑の花見を兼ねての弁当を食べながら「枝豆の収穫祭」を想う今日この頃です。(那須店 高久 重廣)

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秋田◆秋田/我が家のカモシカ 〜 その1 〜【地域駐在スタッフ・秋田からの風】

この記事の投稿者: 秋田現地案内人/ 片山 保

2022年8月23日

▲突然目が合い驚きの我が家の敷地内にて。アオキを食べ終わりこの後に休みはじめた。

旧聞になりますが、雪が降りしきる二月十二日の朝、カーテンを開けるとそこに見慣れぬ大きな動物の背中が・・・。よくみると10㎝くらいの可愛い角をはやしたカモシカ。

ムシャムシャとアオキの葉をユックリと食べている。やがて腹を満たしたのか、弱っているのかヨタヨタと歩んで軒下にごろりと横たわった。

時には顔を上げて様子を見ているようであるが、三時間あまり休んでいる。
これは弱っているのだ、ここで息絶えてもらっては困る。

どうしようと、あれこれ考えて市役所に相談しようと思ったが生憎、日曜日。
それではと、動物園に電話をしたが当園ではそういう対応はしていないが、「市の担当者に連絡してみましょう」と親切に対応してくれた。

午後、市の鳥獣担当者が来宅、曰く、生きている動物には市は何も手出しはしないとのことで、ゆっくりと刺激をしないように追うとカモシカはフラフラと弱っているような足取りで去っていった。

カモシカはこのような弱々しい素振りをするので心配なく、親離れをしたばかりの若いオスとのことで可愛らしい角が印象的でした。(その2へつづく) (秋田駐在 片山 保)

▲「東海林太郎音楽館・大鵬ギャラリー」の管理人もしています。どうぞお立ち寄りください。

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東海林太郎音楽館
http://www.donpu.net/tarotya.htm

電話番号:018-823-5145(東海林林太郎音楽館)
住 所:秋田県秋田市大町2丁目1-11榮太楼大町
休業日:月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)
※年末年始(12/29~1/3)、冬期間(1月~2月)
営業時間:AM10:00~PM4:00
入館料:無料

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昭和の大横綱・大鵬が愛した秋田の地。旅館・榮太楼は大鵬部屋が夏合宿の際に約20年間、力士の宿泊所として利用され、2006年に閉館。1階にコミュニティスペース、2階は社長の姉・芳子が大鵬の妻であることから「大鵬ギャラリー」を設置し「秋田三大女傑」の一人といわれた社長の祖母・キセが幼馴染であったことから「東海林太郎音楽館」も併設されている。

群馬◆黒保根町/ 『人生の楽園』づくりを楽しみませんか?【桐生くろほね・花咲爺日誌】

この記事の投稿者: 群馬・黒保根案内人/小林 峯司

2022年8月4日

▲上毛新聞で紹介されていた箕郷町の花山にも遠征してオーナーと交流。

私の町は、群馬県桐生市に合併前の旧黒保根村にあります。この地は「花と緑と清流の里」としたキャッチフレーズの通り、中心地の水沼駅沿線には早春に河津桜が咲き、続いて10種の桜や花桃・アジサイなどが咲き競う花山に変わります。

私は案内業務の傍らこの地域の「山を守る会」の代表を務め地域の仲間とともに、平成25年度から国、県の環境整備事業を活用し荒廃した森林の藪を切り開き、支障木を伐採し、ヤマザクラやハナモモなどを400本程植栽し管理しています。

近年、地域の環境整備も進み森林は明るい花山に変わり、エリア内にミニキャンプ・ドックラン・無農薬の山菜・野菜園に活用する仲間も加わり、森林セラピーも楽しめる「憩いの森」づくりも進めています。

『人生の楽園』づくりを楽しみませんか。ご案内いたしますのでお出かけください。(黒保根案内人 小林 峯司)

栃木◆那須/今年で25年目!恒例味噌づくりイベントの報告【那須高久・里山日誌りたーんず】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・那須店/高久 タケ子

2022年5月17日

3月26日 味噌仕込みイベント 25人参加

長い事やっている味噌仕込みイベントも今回でちょうど25年になります。今ではそれぞれの家族関係も変わり、「一桶(約30㎏)では多すぎて食べ切れない」ということで、隔年や知り合いとシェアするという人など様々です。それでも毎年参加する人達の数は変わりません。

そんな中で、最初から毎年参加の「皆勤賞」の方が何人かいらっしゃいます。その中のひとりは、知り合いに自慢のお味噌をあげたところ、あまりの美味しさに自分でも作りたい!と三年前からお友達と4人で参加しています。


いつもイベントがある度に気になるのが「お天気」です。週間予報では「週末にまとまった雨が降るでしょう」と言っていたが日々変わり、土曜日の午前中は、雨が降らないという嬉しい予報になりました。

朝4 :30大釜に火を点ける。

すぐに燃え上がったので、太い薪をくべ安心してその場を離れました。時々遠くから炎を確認できたので、そのままにしていたところ、予定の時間(7 :00)になっても吹きこぼれてこない・・・これは大変と急いで杉の枯枝等をくべて火力を強めると吹きこぼれが始まったので、ホッと一安心です。

開始時間になんとか間に合って、いよいよ今年の味噌仕込み開始です。幼稚園の年少さんからお母さんと一緒に参加している男の子がこの春小学1年生になるとか・・・。双子の弟さんも3歳になり、今ではすっかりお兄ちゃん気取りで「玄米糀と白米糀、2つ作るんだよ!」とやる気満々です。小耳に挟んだ情報では、味噌の中に入っている丸大豆が大好きで、毎朝味噌汁を食べる時にこれが入っていると「当ったりー!」と大喜びしているそうです。

この話を披露している私の横にいた仲間が、近くにあった大ザルから「煮大豆」をひしゃくで掬い男の子の前に空けると大喜びで拾って食べ始めました。

▲今春小学1年生になる男の子も今ではベテラン?お母さんのお手伝いを頑張っています。

その後、丸大豆が挽き大豆と混ざって見えなくなると、挽き大豆でおにぎりを作り口に頬張り、お母さんに注意されていました。私の作る田舎膳が大好きとかで、孫の様に可愛い男の子です。

参加された皆さんベテラン揃いで段取り良く仕事がはかどりました。皆さん自分の味噌を仕込み終えると、後片付けをし、明日の大豆を洗い浸してくれました。

「今夜から朝方にかけて風が吹いて荒れるらしいよ?!」と誰かが言ったのでテントが飛ばされない様にとすぐに横の立ち木にロープでしっかりと括りつけ、クモの巣状に四方八方に張り巡らしてくれました。しっかり対策をしてくれたお蔭で心配なく次の日を迎える事ができました。

▲それぞれ思い思いに自分の味噌仕込みを段取り良くやっています。ベテラン揃いで味噌作りの師匠・日野屋さん(写真中央右のマスクの男性)も安心して眺めていられる~と言ってました。

3月27日 22人参加

昨日の疲れが出たのか今朝は4 :30まで朝寝坊してしまいました。急いでテントの中に行くと昨夜雨と風が吹き荒れたらしく、テントの中の薪や焚き付け等が湿気っている・・・。

暗闇の中、懐中電灯の明かりを頼りに乾いた薪と焚き付けを見つけ、釜口に突っ込んで火を点けるとすぐに燃え上がったので、ひと安心です。空を見上げると三ヶ月のおぼろ月で今日のお天気は大丈夫そうです。

予定の時間(7:00)よりちょっと遅れて大釜の蓋が吹き上がって大豆の汁が吹きこぼれ始まりました。ここからは弱火にして蒸し煮にするのですが、焦がさない様に火加減を見るのが大変で最後まで気が抜けません。

予定の時間になると、いつもの様に「サァー始まるよー!」と大きなザルに入った熱々の煮大豆が運ばれて来ると、今日の「味噌仕込み」の始まりです。

仲良しの三人組の女性達は大きな桶の中に頭を突っ込んで混ぜ合わせ中です。マスクをしているせいか息を弾ませながら自称18歳の女子会だそうです。1年ぶりの再会は積もる話に時を忘れているようです。

▲仲良し三人組の女性達は息を弾ませながら自称18歳の女子会とか・・・。

今日参加された皆さんも今ではすっかり味噌仕込み職人?で何のトラブルも無く順調に終わりました。いつもは田舎膳の昼食を食べながら和気あいあいと情報交換するのですが、今年もいつもの田舎膳のお弁当をお持ち帰りしてもらいました。

▲味噌の神様が住み着いている?年季の入った木桶と重石。私より早くからここに居ます。

お疲れ様でした。

サァーこれからは我が家の味噌と皆さんの預かり味噌の始末をします。我が家の分は昔から木桶で熟成させます。鎌倉に住む次女の所でも昨年、以前から持っていたという手作り木桶に、こちらから送った「味噌の素?」を仕込みました。

途中部屋中味噌の香りが漂ったらしいが無事味噌になったとか・・・。今年は木桶が無いのでこちらで仕込んで「見本?」で送ろうと思います。ジューシーな味噌(1年もの)が大好きな次女は自分の手元にあればいつでも食べられると大喜びです。(那須店 高久タケ子)

▲イベント後のテント。今年も無事に終了しました。みなさん来年お会いしましょう。

 

長野◆飯田/まだまだある信州の7年に一度のお祭り【信州蓼科・タイムカプセル】

この記事の投稿者: 信州蓼科エリア案内人/ 星野 登美夫

2022年5月9日

▲飯田市の夜景は味わい深く、是非宿泊旅行を検討して頂きたい。

ここ信州では、今年7年に一度の開催される行事として、善光寺の「御開帳」、諏訪大社の「御柱祭」、穂高神社の「式年遷宮祭」、飯田市大宮諏訪神社の「式年大祭」に合わせて行われる「飯田お練りまつり」があります。

今回は諏訪大社「御柱祭」の先駆けとなる3月25日から27日迄開催された「飯田お練り祭り」を紹介します。このお祭りは諏訪大社を一之宮と仰ぐ信濃国にあって、祭礼において度々神役に勤仕し、諏訪本宮の祭政を預かってきた由緒ある大宮諏訪神社の7年に一度の「式年大祭」で、諏訪大社の「御柱祭」に合わせて開催されるのが「飯田お練りまつり」です。

毎回約30万人の見物客が集まり、また飯田の各町内や近郷から参加する約30団体が「獅子舞」や「囃子」、「踊り」などを演じました。その中でも格式百万石の長さ100m、参加人数120人の大名行列と、他の獅子舞に類を見ない日本最大の全長25mの胴体を表す屋台を背負って30㎏の獅子頭を操る独特の「東野大獅子の獅子舞」、これが最大の見所。

なお、これらを演じながら飯田の街筋をゆっくりと「練り歩く」事から「お練りまつり」と言われるようになったとのことでした。今日まで数百年続けられており、信州の民族芸能の宝庫と言われる南信地域の代表するお祭りです。次回の7年後の大祭に是非見物にお出かけ下さい。(信州蓼科エリア案内人  星野 登美夫)

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飯田お練り祭り 
https://oneri.iidacci.org/
七年に一度の特別な三日間。この瞬間を見逃すな