▲甲府市貢川にある県立文学館。併設してミレーなどのバルビゾン派が一堂に会する県立美術館もある。
本11月号も番組収録で取り上げた物件がこのコーナーに登場する前に決まってしまいましたので、またしても作家の直筆原稿の話しをします。今回は、山梨県立文学館で開催された(11/23まで)の『まるごと林真理子展』を見てきた感想です。
林さんは小学生のころつぎのような作文を書いている。
「わたしが 大きく なったら どうわを かく人に なりたいな」
縦十字、横十行の大きなマス目の原稿用紙に、ハネとトメがしっかりした文字を鉛筆で書きつづっている。堂々とした筆圧の文字。わたしが担任でも大きな花丸を与えたくなるほどだ。
また当時、林さんは児童劇の台本も書かれておられたようで、キャスティングも自分で決めている。色白のお姫さまは〇〇ちゃん。ちょっと意地の悪いオオカミは●●くん。などと林さんは湧き出でてくるアイデアを書き留めるため、記録しておくため、彼女の鉛筆は走り続け、走り続けて止まるところを知らぬようなのだ。
それが夢見る少女の空想から出たものにしろ、人を配置し動かしていくことは物語の醍醐味であり、もしかしたら困難が待ち受けるこの世の中においてさえパラダイスを夢見ることができる少年少女たちだけの特権なのかもしれない、と思えてくる。トトロと同じように、いつでも会えるとは限らないけれども。
こうした文字の並びを見てわたしはその昔、幼なじみの女の子が、より紐で綴じた藁半紙に黒の鉛筆と両端が赤と青の色鉛筆を使って、飽くことなく書いていたことを、頭のどこかで突然思い出した。ものすごく早いのだ。書くスピードが、である。
当時、近所に住むその幼なじみは、学校や帰り道であったことなどを次から次へと端正な文字でその半紙に書いていく。彼女が一枚目を書いたらわたしたちは二人で声を合わせて読んでいく。それが済んだら二枚目に取り掛かる。書き終わったらまた声に出して読む。一時間もすれば勉強部屋に使われていた仏間の六帖間は半紙に覆い尽くされてしまうのだ。きれいな文字を書く人は書くスピードも早い。これが幼いわたしが彼女から学んだことだった。
林さんはその後、マーケティングアイデアの束をひとつの箱に入れ、凝縮した言葉を紡ぎだすコピーライティングの世界へ。そして作家への挑戦。直木賞受賞からいまの現在に至るまで、彼女の書くための武器、それは「手書き」ということだ。
手書きにこだわりすべて原稿は濃いインクの万年筆で書かれている。縦二十字、横二十行の一枚四百字詰め原稿用紙をうず高く机上に積み上げていく。それはまさに力づくで言葉をねじ伏せているようにも思える。
行間を読み込ませることよりも、どこかから舞い降りてくる言葉をすばやく手書きしながら文章を記録していくことの方に林さんは興味があるのかもしれない。速記に近い技だ。
明治大学の齋藤孝教授は、そうした行為を「書き殴ると思考が加速する」とおっしゃる(『思考中毒になる!』(2020年))。淀みのない文章の連続性は読者を楽しませ、作者を喜ばせる。
それは幼いころから林さんが、読者をいま居るところからはるか彼方の地平へ連れていくこと、それを童話をはじめ校内作文や台本を書くことで、書き続けることで学んで行ったのではないか。枯れ野も花咲く野に変えていくことができるのだということを。
直筆原稿とはげにも恐ろしきものかな、なのである。(八ヶ岳事務所 中村健二)
=============================
まるごと林真理子展
会期:2020年11月23日まで 開館時間:09 : 00~17 : 00
(11/2、11/4は休館)
料金:600円(一般)
会場:山梨県立文学館 甲府市貢川1-5-35
電話055-235-8080
=============================