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岩手◆花巻市/復活のマルカンビル大食堂 ~ 箸で食べるソフトクリーム ~【みちのく岩手・新遠野物語】 

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/ 佐々木 泰文・佐々木 敬文 

2022年5月24日

▲階段の踊り場には全国のファンから感謝の気持ちと閉店を惜しむ寄せ書きが貼られている。

デパート、百貨店――――。その定義はちゃんと存在するようですが、近年の大型ショッピングモール等の進出もあり、その区別をあえて意識する人は少なくなったのではないでしょうか?私が幼少の頃はちょっと大きなスーパーも〝デパート”だと思っていたものです。岩手県にもカワトク(川徳百貨店)と並び、古くから多くの人に愛されてきたデパートがありました。それがマルカン百貨店です。

▲花巻市中心部に建つマルカンビル。窓のある6階部分が大食堂となる。

――――ありました、と過去形にさせていただいたマルカンには、紹介する上で欠かせない物語があります。マルカン百貨店が現在の〝マルカンビル”で営業を始めたのは1973年。最盛期には屋上に遊園地、近隣にボウリング場やカラオケボックスなどの複合店舗も展開していましたが時代の流れと共に閉店。そして2016年6月、前年の耐震診断で不適合の診断を受けたビルも閉鎖が決定し、43年の歴史に幕を下ろしたのです。

マルカンが閉店する!!という衝撃の知らせは岩手県内で大きな話題になり、全国のニュースで等でも取り上げられました。その歴史のあるマルカンビルが存続・復活へ向かうきっかけになったのは、意外にも地元の高校生達による存続を求める署名活動だったそうです。そこへ若手経営者が賛同して存続プロジェクトが立ち上がり、動きは一気に広まりました。

▲マルカンビル大食堂。昭和のデパートの食堂の雰囲気そのままだ。

しかし、当然のように老朽化した建物を残すには多くの問題、とりわけ改修費の課題が大きな壁となりました。クラウドファンディングを行ったところ、なんと2億円を超える協力金が集まり、2017年の2月20日、閉店発表からわずか8か月で見事復活を果たしたのです。

なぜそこまで多くの閉店を惜しむ声、存続を願う声が集まったのか?その魅力の中心にあったのがビル6階の大食堂です。「可能な限りそのままの形で存続させる」その言葉通り、昭和を感じさせるレトロな雰囲気をそのままに〝マルカンビル大食堂”は復活したのです。

6階でエレベーターのドアが開くと、手前両側に食品サンプルの並ぶショーケースが目に飛び込みます。同時に正面にはレジに並ぶお客さんの列。休日の昼の時間帯にはこの行列が階段、5階から4階くらいまで続くため、エレベーターで6階まで行ったのに階段を下らなければならない事態になります。そのため階段の踊り場にもメニュー表が貼られており、待ち時間にもラーメンや洋食、寿司など全部で100種類以上のメニューの中から迷って選ぶ楽しみがあります。

▲マルカンビル大食堂からの展望。花巻市の市街地が見渡せる。

ようやくレジで食券を購入したら、560ある席から好きな場所を選んで座ります。人気の席はやはり見晴らしの良い窓際の席でしょうか。花巻の街を見渡せる他、天気の良い日は遠くに山地や透き通った空を望む事ができます。ホールで接客をしてくれるのはウエイトレスさん。そうです。〝古き良き昭和のウエイトレスさんの制服を着たウエイトレスさん”です。

その他食器や内装、もちろん料理の味をふくめて、1960年代から変わらない雰囲気をそのまま感じる事ができます。料理を待っている時間に周りを見ると、家族連れから若いカップル、老若男女問わず本当に幅広い層のお客さんが食事を楽しんでいます。その中で、数あるメニューの中から多くのお客さんが注文しているメニューがある事に気がつくはずです。

▲定番のナポリかつ 870円

▲名物ソフトクリーム 230円

マルカンビル大食堂名物の〝10段巻きソフトクリーム”です!高さ約25㎝、割り箸を使って食べるこのソフトクリームは、ウエイトレスさん達が運ぶトレイの上にたくさん乗せられ、各席へ次々と配られていきます。他にもボリュームたっぷり定番のナポリかつや辛口のあんかけが人気のマルカンラーメンなど、迷った時はコレというメニューもあります。

マルカンビルは現在6階の大食堂の他、駄菓子屋やカフェが入る1階と、2階と地下1階の一部のみ営業しており、マルカングループの経営店舗は別にありますが、若い有志が残し引き継いだマルカンビル大食堂、皆さんも是非一度足を運んでみてください。
(みちのく岩手事務所 佐々木敬文)

投稿者プロフィール

みちのく岩手事務所/ 佐々木 泰文・佐々木 敬文 
みちのく岩手事務所/ 佐々木 泰文・佐々木 敬文 ふるさと情報館・みちのく岩手事務所 所長・スタッフ
元JA職員で都市と田舎を結ぶ取り組みを約15年担当者として務め、退職を機にふるさと情報館・みちのく岩手事務所所長として一念発起。民話の宝庫・岩手県遠野市在住にて、地元神社の神主としての顔もある。令和3年よりデジタルを駆使して後方支援していた息子も全面的に加わり情報発信いたします。