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山梨◆身延町/その1 ~ 道の駅の嗜み方 ~【来てくれんけ甲斐路!所長ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所・中村健二

2021年9月29日

▲「下部温泉」と「本栖湖」を結ぶ 国道300号線の標識。何かいい。

仕事がら車を運転することが多い。最近はピンポイントで出張先を訪れるため、話し相手もなくただひたすらにハンドルを握りながら目的地を目指すこととなる。五木寛之のエッセイのように左ハンドルで颯爽と風を切るようなドライブに憧れたこともあったけれども、それも今は昔の話なのだ。

基本同乗もさせないし名所などへの寄り道もしない。こうした運転はさぞかし退屈なものと思われるかもしれないが(特に長距離ともなれば)、国道を走る場合、意外にもあるコツを掴めばこの上なく楽しい時間となることがあるから不思議だ。馬上で兵法を練るわけでもないが、わたしの場合は「道の駅」立ち寄りが、その解決策なのだ。

▲「道の駅・しもにた」群馬県甘楽郡下仁田町馬山3766−11

全国には1193駅の「道の駅」があるという。トイレ休憩の合間合間にそのショップをのぞいてみれば、野菜や卵などの特産品や土産物・木工芸品の数々が所狭しと並んでいる。食堂があり、温泉も併設されているところもある。そうしたものを見ているとおおよそその地域の主力品や特産品、あるいはその地域の傾向までもが把握できてしまう。

ところで、「道の駅」にあって高速道路の「サービスエリア」などに絶対置いていないものはなんでしょう?

ご存知の方も多いでしょうが、地酒や地ビール、地ワインなどのアルコール類ですね。(もちろんお持ち帰りが大原則です)これは笑い話だけれども、静岡県のとある「道の駅」で同行の司法書士と食事を取ろうと食堂に入ったときのこと。店員さんから「アルコールをお願いします」と言われ、いきなりアルコール飲料を勧めるとはなんてシュールな「道の駅」だと思い、「わたしはハンドルキーパーですので」ととっさに応えてしまったわたし。その店員と司法書士に大爆笑されました。

▲「道の駅・こぶちさわ」山梨県北杜市小淵沢町2968−1

山梨県内にも21ヶ所の「道の駅」があるが、「おすすめは?」と言われたら文句なく中央市の「道の駅・とよとみ」とわたしは答える。水汲みのメッカ「道の駅・はくしゅう」や知り合いの農家が頑張って出荷している「道の駅・こぶちざわ」も良いが、品種の多さとお姉さん方の活気のすごさでその右に出るものはない。以前、UTY という地元のテレビ局の夕方の情報番組で、「サラリーマンも買いに来る道の駅・とよとみ」として、わたしが店に入っていく姿を撮影し放映までされたこともあるくらいだ。

さて、この身延町にも「道の駅・しもべ」という国道300号線沿いの古関地区に「道の駅」がある。この「300号線」という数字、なかなか良いと思った。ちなみに200号線は福岡県、400号線は茨城県、500号線は大分県にあるが、100号線はなし。「道の駅」にはその地域の情報や歴史・いわれなども展示しているコーナーも多い。

この「道の駅・しもべ」の場合、江戸期享保年間(1716年)に身延で生まれ1000体以上の木造を彫り続けた「木喰(もくじき)上人の里」でもある。簡素な「木喰そば」が有名でこれから本栖湖や富士山を訪ねるツーリストたちを地元のお姉さん方がもてなしている。他にも岩手県住田町の「道の駅・種山ケ原 ぽらん」は、徹頭徹尾宮沢賢治で、近くには『風の又三郎』の像も建立されている。秋田県男鹿市の「道の駅・オガーレ」は日本海の鮮魚をその場でさばいてくれる。そしてこれからも活気のある道の駅は全国的に増えてきているのだ。

▲「道の駅・種山ケ原 ぼらん」岩手県気仙郡住田町世田米子飼沢30−39

この8月29日に、静岡市と甲府市を1時間で結ぶと銘打った自動車専用道路(中部横断道の南部区間)が全線開通した。足掛け20年の歳月が流れたが、これにより周辺自治体はにわかに活気付いているという。ことに身延町は県内の自治体の中でも、移住定住の官民協同組織である「甲斐適生活応援隊」の主要メンバーとして、これまでにも各種相談会に積極的に参加されてきた自治体だ。

▲南巨摩郡にある身延町役場。旧身延町、旧下部町、旧中富町が平成16年に合併して誕生した。

「山里の空き家を県費で改修し、移住者を募る」という画期的な政策が内外に好感されたこともある。町長直属の課に属していた諏訪君という男性が毎回参加していて、訥々(とつとつ)と我がふるさとを語るその姿が、相談会で話題ともなっていた。現在は企画課の中に「空き家バンク」の担当がいて、そのスタッフの話では貸家のない状態が続いているという。静岡、神奈川西湘、愛知三河方面の方々からの引き合いが「殺到している」のだ。

最後にこの町への移住や二地域居住で注意すべき点はただひとつ。急峻な山々、一級河川そうした地形を把握し、ハザードマップを事前にかならず確認しておくこと。(八ヶ岳事務所 中村健二)

◆空き家大募集中! 八ヶ岳岳事務所には「一般社団法人空き家相談士協会」認定の空き家相談士が常駐しています。相続手続きや農地や山林、築100年以上の母屋の有効活用など空き家に関する相談を承っております。(要予約、相談無料。担当は中村

福島◆二本松/安達ケ原の黒塚【北の国から・制作スタッフ進行日誌】

この記事の投稿者: 編集

2021年9月25日

▲鬼婆が住んでいたという岩屋の笠石。

鬼婆伝説で有名な福島県二本松市の観世寺内にある『安達ケ原の黒塚』は能や謡曲、歌舞伎、浄瑠璃の演目にもなっています。『大和物語』で平兼盛が『みちのくの 安達ケ原の 黒塚に 鬼籠こもれりと 聞くはまことか』(拾遺和歌集)(安達ケ原の黒塚に鬼が隠れているというのは本当ですか?)と源重之の娘に宛てた有名な歌があります。この歌は直訳の解釈もありますが、ここでいう「鬼」とは陸奥(みちのく)という地方に住んでいる娘たちが表舞台に姿を現さないので「鬼」を掛けての言葉遊びだとも言われています。

この「黒塚」は江戸時代には松尾芭蕉が立ち寄り、明治には俳句で有名な正岡子規が『涼しさや 聞けば昔は 鬼の家』と詠んでいます。各著名人が訪れている「安達ケ原の黒塚」ですが、平兼盛の歌が詠まれる前から鬼婆伝説があったのか、それともこの歌が詠まれた後に鬼婆伝説が生まれたのかは定かではありません。二本松市へ行かれた際は興味がありましたら立ち寄ってみてはいかがでしょうか?(本部 井上 美穂)

▲福島県二本松駅。

福島中通り物件一覧

山梨◆甲州/場所も色々、石垣も色々【地域深堀り・のぞむ歴史紀行】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2021年9月21日

山梨県は昔、「甲斐の国」と呼ばれていました。由来は周囲を山に囲まれたいわゆる山峡(やまかい)の「峡」の意に由来するといわれております。名前の通り、四方を山に囲まれているいわゆる盆地地形となり、少ない平坦を有効に活用する為に、先人たちは工夫を凝らしていました。

その一つとして、石垣を用いて傾斜地に平らな面積を増やす方法でした。昔はセメントもコンクリートも有りませんので、石積み技術が重要で、大きさもバラバラな石を積み上げる技術は素晴らしい物でした。

VやWとなる良い積み方。

一般住宅や畑、田んぼにも多く用いられています。甲州市塩山にある川村造園(甲州市塩山福生里485 -4)さんには、普段から案内をお願いし、庭木や石垣の事を教えて頂いており、「この石垣は上手に積み上げられている」という物件もありました。どの様な積み方が上手か尋ねると、「『Vの字』に積むのが上手な積み方で、上に乗せた石と下の石の継ぎ目がYになると荷重が下へと伝わり、石が噛み合って強い。『品の』字平に重ねると、作業は簡単で速いけど、噛み合わないからね。横からの加重(土厚)が掛かると押し出されてしまう」との事でした。

信玄公の言葉で「人は城、人は石垣・・・」適材適所で才能を十分に発揮できる場所が重要との教訓ですが、石をどこに配置するかを見分ける技術で長持ちするかが決まると教えて頂きました。(本部 長内 望)

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売却物件を求めています

大切にされてきた家には限りない魅力がある都会の喧騒から自然の暮らしを求め、思い出をたくさんつくったあなたの田舎の家。人生のステージの変化にともないそれを手放す時が来るとしたら・・・これから田園生活をしたい人にバトンを渡すように引継ぎたいと思いませんか。

ふるさと情報館創立30周年を迎え、近年「この家を引継ぐ子どもや親戚がいない」「配偶者に先立たれ町に住む子どもと暮らす」など、様々な理由で売却する方の相談が増えてきました。日本では木造住宅の耐用年数は22年で、それを過ぎると建物の評価はゼロですが、ふるさと情報館では、永年使われてきた家や周辺環境、庭、菜園や果樹、必要な道具類も込みで「田園生活住み継ぎ物件」として、これから田園生活をしたい方に紹介する事業を展開してゆきます。

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東京◆本部/やれる範囲内を最大限に・・・【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2021年9月17日

4回目の緊急事態宣言下、賛否両論のあったオリンピックが終了した。東京は新規感染者が1日5000人を超えるなど過去最高数を記録。東京で累計25万人、全国でも100万人を超えた。幸い周囲でもワクチン接種が完了した話が増え、40代後半の私も8月中には2回目の接種が完了した。デルタ株の出現によりまだまだ予断を許さない状況であり、お祭り後の人々の心の変化、経済の動向は気になるばかりだ。

緊急事態宣言の合間を縫って、今夏はたくさんの方に契約頂いた。私より年齢の若い活力のある方も多く、自己実現のために早くから準備し、様々な大きな決断を目の当たりにできたことは刺激となった。売却依頼を頂いても物件化まで時間がかかってしまっている現状だが、やれる範囲内で最大限の努力を行っていきたいと思う(本部 星野 努)

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売却物件を求めています

大切にされてきた家には限りない魅力がある都会の喧騒から自然の暮らしを求め、思い出をたくさんつくったあなたの田舎の家。人生のステージの変化にともないそれを手放す時が来るとしたら・・・これから田園生活をしたい人にバトンを渡すように引継ぎたいと思いませんか。

ふるさと情報館創立30周年を迎え、近年「この家を引継ぐ子どもや親戚がいない」「配偶者に先立たれ町に住む子どもと暮らす」など、様々な理由で売却する方の相談が増えてきました。日本では木造住宅の耐用年数は22年で、それを過ぎると建物の評価はゼロですが、ふるさと情報館では、永年使われてきた家や周辺環境、庭、菜園や果樹、必要な道具類も込みで「田園生活住み継ぎ物件」として、これから田園生活をしたい方に紹介する事業を展開してゆきます。

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宮城◆大崎市/その1・鬼の首のロープウェイと鳴子峡【行くぞ北東北!所長ふるさと随想録】

この記事の投稿者: 八ヶ岳事務所・中村健二

2021年9月14日

▲緑豊かな鳴子峡。

「鳴子峡」は宮城県内の紅葉の名所として知られている。今回その近くの、めったに物件としては出ない「オニコウベスキー場」に物件があるというので、初めてその地を訪れることとなった。東北自動車道古川インターを出ると周辺は穀倉地帯の平野部が広がる。ここからひたすら40数キロ西の山を目指していけばよいわけだ。

宮城県北西部の中心地・古川を要する「大崎地域」は周辺を入れると30数万人の一大都市だが、わたしはそれとは反対方向の鳴子(なるこ)の湯治場の先へ向かおうとしている。江合川(えあいがわ)に沿って山側に続く国道47号線はどことなくディープな感じがした。それは結果として思っても見なかった方向へとわたしを導いていくこととなっていった。

▲東北自動車道古川インターの出口看板。

途中、岩出山(いわでやま)地区に出た。ここには16世紀の最後の10年間(1591年から1600年)、関ヶ原の合戦の頃まで伊達政宗の居城があったという。2006年(平成18)に大崎市と合併するまでは宮城県玉造郡の中心地でもあった。そしていまは全国有数の売上高を誇る「道の駅」が実はこの国道沿いにあるというのだ。その名を「あ・ら・伊達な道の駅」という。正面にはなんと「至福の入口」の文字。駅内をぶらつきながら、今日の昼ごはんはここで調達しようと思い立ち、わたしなりのご当地食材を買っていくことにした。

▲凝った作りの道の駅だ。駅内にはクリーニング店もある。

「鳴子温泉」あたりからこけしの製造販売店が増えてきて山も間近に迫ってきた。ここから国道108号線に右折する。4つほどのトンネルを抜けると「鬼首(おにこうべ)」だ。山あいの温泉や役所を過ぎてさらにその最奥に「オニコウベスキー場」がある。かつて大手ディベロッパーが開発したものだが、近年のスキー人口の減少によりどちらかといえばひなびた感があり、それが逆にこうした時代には休日を家族とともにゆったりと過ごすのにはふさわしい場所であると感じられた。

▲「オニコウベスキー場」遠景。

物件はペンションの建ち並んだ丘のいちばん奥から4軒目。現在は個人の別荘として利用されているとのこと。なるほど。周辺を見渡していると山の斜面に丸い物体がふたつ見える。4人乗りのロープウェイで麓の発着所には「センターキューブ」とあった。家族連れが避暑がてら乗りに来て山頂のカブトムシ観察所や遊歩道を目指しているのだという。わたし的にはどこか「スターウォーズ」的世界のような気がして興味が湧き、乗ってみることにした。

▲空飛ぶキューブ発着所。

▲空飛ぶキューブ。

斜面を登るキューブの乗り心地は、大げさに言えば飛行機で離陸するときの高揚感、そんな感じだった。飛行機にはここしばらくご縁がないけれど、時間にすればわずか8分ほどの旅。そして山頂に着く。標高は1100メートルで一気に数百メートル上昇したことになる。麓とは3度ほど気温が低い。遠くで子どもがヤッホーと下界に向かって叫んでいた。

わたしは他に誰もいない山頂の休憩所で「道の駅」で買ってきた昼ごはんを広げた。三色餅、味噌お握り、鳴子まんじゅう、仙台牛コロッケ、鳴子温泉水と、まさにご当地尽くしで長距離ドライバー並みの食欲だ。

▲この日のお弁当。

最後に鳴子峡に行ってみることにした。ここから車で15分ほどの距離だ。紅葉前のこの時期は人影もまばら。撮影ポイントの橋はみごとに緑一色だ。どことなく山梨県の清里にある赤い橋に似ているが、渓谷の深さは清里、スケール感では鳴子峡に軍配が上がる。レストハウスでソフトクリームを食べる中高年もいて森林浴を楽しんでいるようだ。
 
さて、このあと次の取材先に行こうかと思った矢先、目に飛び込んできたのは「尿前(しとまえ)の関所跡」のすこし薄汚れた看板だった。なんと鳴子峡は「奥のほそ道」の重要ポイントでもあったのだ。勉強不足ではあるが誰も教えてくれなかった。芭蕉と曾良は大変な行脚の先、この「出羽街道」を進みここから国の境を越えて行ったのである。

わたしは関所跡へ導かれるように車を向けていた。(以下次月号へ)(宮城・岩手・秋田担当 中村健二)

東京◆四谷/感動をもらいました【本部スタッフ・日々の業務より】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・本部スタッフ

2021年9月10日

7月23日(祝)、四谷事務所で仕事をしていた時、何気なくネットニュースが目に入りました。

〝12時40分頃、ブルーインパルス 国立競技場へ”

ふと時計を見ると12時30分。当に世紀の瞬間が見られるではないか、と一気に興奮してきました。事務所のベランダの戸は閉まっていますが、〝ゴォー!!という飛行機の音が聞こえてきているではありませんか。カメラ片手に新宿通り沿いのベランダに出ると、これまた当にグットタイミング!下の新宿通りを見ると沢山の人。そこを6機編隊が北から現れ、国立競技場上空を通り過ぎ、一旦北千住の方へ。その後新宿通り上空を沿って戻って来て、国立競技場上空で5つの輪を描きました。

私が生まれていなかった57年前の東京オリンピックで描かれた五輪マークの再現です。この日は必ずしも出勤する必要はありませんでしたし、飛行時間も知りませんでした。普段、ブルーインパルスは見られても、生で五輪マークを描くところを見られる機会は限りなく無いでしょう。流石にこの瞬間はコロナ禍も忘れ感動していました。

その後の日本選手に皆さんの活躍はご周知の通り。コロナ禍のなか、ひと時の感動を頂けたことに感謝を申し上げたい気持ちとなりました。(本部 金澤和宏)

岩手◆遠野/栗駒山 ~ 神の絨毯 ~ 【みちのく岩手・新遠野物語】

この記事の投稿者: みちのく岩手事務所/佐々木 泰文

2021年9月7日

▲頂上を目指して。(須川コース)

「神の絨毯」。この壮大な愛称で呼ばれる絶景が見られる場所が、東北にあります。岩手県、宮城県、秋田県にまたがる栗駒山(くりこまやま)です。標高一六二六mの栗駒山は、秋になるとその山体が全て色づく全山(ぜんざん)紅葉をする山で、絨毯とは美しく広大に色づいたその景色を表します。

栗駒山には山麓各県から九つの登山道があり、岩手からのアクセスと言えば須川(すかわ)高原温泉があります。入湯が目当ての来客も多く、紅葉登山シーズンと重なると、三〇〇台以上駐車可能な無料駐車場も全国各地のナンバーの車でいっぱいになります。

須川高原温泉からの登山ルートは二つあり、「須川コース」は昭和湖周辺の火山ガス濃度が高く危険なため二〇一九年より通行止めになっており、二〇二一年七月現在路も途中で分岐する「産沼(うぶぬま)コース」(自然観察路)を通っての登山となります。

湯けむりのそばをスタートし、自然や景色を楽しみながら登ること約二時間弱、広く開けた頂上へ到着します。そこには家族連れや大きなカメラを持った人など、老若男女問わず多くの仲間が。そして、何と言っても眼下いっぱいに広がる日本一の紅葉は圧巻!まさに「神の絨毯」です。

紅葉の見頃はコースや天候、また高度によっても差が出る上、近年の気候変動で読めない部分もありますが、例年おおむね九月下旬から十月中旬。この秋の紅葉狩りの候補に是非チェックを。(みちのく岩手事務所 佐々木泰文)

▲山頂より。運が良ければ青空と雲海と紅葉のコラボも見られます。

岩手県の物件一覧はこちら

栃木◆那須/ドキドキのフキ採り、枝豆の種まき【那須高久・里山日誌りたーんず】

この記事の投稿者: ふるさと情報館・那須店/高久 タケ子

2021年9月4日

▲おいしいおいしいフキの佃煮。

6月12日 フキトリ

イベントの時、参加された皆様にお振る舞いする田舎膳になくてはならない食材の「フキ」を採りに今年も出掛けて来ました。「マウントジーンズ那須スキー場」に行く途中にある知人所有のフキ群生地に向う車内では、久しぶりの山菜採りに心が弾みます。

先ず、地主さんの所に立ち寄り、年に一度、この時だけの顔出しをし、ご無沙汰の挨拶と世間話を少しして出掛けようとした時、「ちょっと待って!言うの忘れてた!」と引き留められました。

「あのな~、この間下の方に熊が出たんだど~。まぁおしゃべりをしていれば大丈夫だと思うけど、気をつけてな~!」と軽~く言ってくれたが、私には重~く不安です。歩いている時もフキ採りをしている時も、ずーっと挙動不審者の様に周りを気にして落ち着かない・・・。お友達の持って来たラジオを大音量でガンガン掛けていても不安です。

▲フキ採りに夢中になるとつい無口になり、おしゃべりの熊除けは無理と分かりました。

お友達2人を見ると、フキ採りに集中していておしゃべりどころではない様子で「おしゃべりの熊除け」は無理だと分かりました。出るかどうか分からない熊に怯えながらのフキ採りも2時間ちょっと経った頃「沢山採れたからもう帰ろうよ~!」と、いつもは最後まで採っている私から言い出しました。

帰りの道すがら「去年まではイノシシの心配していたけど、今年は熊で怖さ倍増だね!」と無事帰途につきました。車内では、熊からの緊張が解け、いつものフキ採りとは違った疲れがどっと出ました。

6月27日 枝豆の種まき 7名参加

明日の予定でしたが、一度雨が降ると畑の土が湿って作業がやりにくいので、土が乾いているうちにやってしまおうと仲間達と相談し、今日の午後にやる事になりました。

▲明日の予定を変更して急きょ始まった枝豆の種まきですが覆土が乾いて捗りました。

覆土が乾いていたので思いの外仕事が捗りました。最後に「防鳥ネット」を張るのですが、何度も使っているのであちこちに穴が開いている・・・。それを見て「あらら~困ったな?」と言うと、繕いもの上手な仲間が、テープで取りあえず穴を塞ぎ、作業終了です。

▲ネットの穴をグリーンテープで繕ったはずでしたが・・・。

7月11日 枝豆苗の定植 10名参加 

毎年この時期になると、天気が不安定で気が揉めます。昨日作業の予定でしたが、この所雨が多く、畑の土が湿っていたので今日になりました。昨日も夕立があり土の状態が心配でしたが、何とか植えられそうなので、9時頃から作業を開始する事にしました。

実は10日程前の事ですが、「今年もハトが入ったらしいよ?」と苗床の様子を見に行った仲間から報告がありました。いつもは出口が分からず右往左往しているハトを逃がしてやったそうですが、今回は姿が見えない。無事出られたのかな?と思って苗床の陰の方へ行くと、羽毛や羽が散乱していたとか・・・。そして周りを探すと、ハトらしき鳥が痛ましい姿で横たわっていたらしい・・・。

▲複数人でネットをかけて作業します。

この話を聞いて仲間達は、ハクビシンとかタヌキと言っているが、私は毎日この辺をうろついている野良猫を見掛けた事があるので、その猫の仕業に違いない!と言い張りました。

今朝はまっ先に苗床に行き、作業が始まる前に、ハトが入ったと見受けられるネットの穴を確認し、検証しました。ネットの穴は開いていたのか、開けられたのか定かではないが、ネットの中で争った跡の無い事から、ネットの穴の外側に身を潜めて待っていて、出て来た所を不意をつき捕まったのかも・・・と推測しました。

▲ネットにはハトらしき鳥の羽根が多数・・・。

いつも来ていた厄介者のハトさんかな?と思っても何故か痛ましく思います。むごたらしい現場は、第一発見者がその日のうちにきれいに片付けてくれたとか・・・。皆さんの目に触れる事なく助かりました。

さて、全員集合したようなので「枝豆定植」の作業開始です。仲間が作った道具で印を付けるとその後から枝豆の苗を植えるのですが、皆さん手慣れたもので、さっさと植えています。11時頃になると雲行きが怪しくなって来て雷がゴロゴロと鳴り出したので、慌てて終わりにすると間もなく雨が降り出しました。

「雷は怖いからネ~!」と急いで帰り支度ををしながら口をそろえて「お湿りに丁度良かったネ~」と植えた後の雨は「恵みの雨」になりました。

▲暑い中ですが美味しい枝豆を思い浮かべて頑張っています。

8月になると、それぞれの持ち分に名札が付き、早速「草が小さいうちに~」と畑仕事に来ている人がいました。「これからは暑くて大変だけど、美味しい枝豆の事を思うと頑張れるよ!!」と仲間の皆さんは張り切っていました。(那須店 高久タケ子)

▲それぞれの持ち分に名札が付き思い入れ倍増!

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